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尽きない泉」1,942号

 

2020年4月 1日 (水)

「尽きない泉」通算2238号2020年4月1日(水)

2013//13「尽きない泉」第1号

昨日の朝食です、写真のためにまとめました。年の割には食が進みます。朝、ブログg\を書き終わってからちょうしょくです。

「尽きない泉」通算2382020年4月1日(水)

聖書

それゆえ 私の心は喜び、私の胸は喜びに溢れています。私の身も安らかに住まいます。あなたはいのちの道を知らせてくださいます。

満ち足りた喜びが、あなたのみ前にあり、楽しみが、あなたの右にとこしえにあります。詩篇169、11~12節。

 

楽しむことを知っている人は、人生の日々を心にゆとりをもって生きる幸いな人なのです。

使命感や義務感だけでは、厳しい人生の現実を生き抜くにはり、あまりにも人間は無力であり、どうしてもムリが生まれるのです。

ですから、多くの人はいろいろ工夫をし楽しみをつくっているのですが、限界があり、不十分なのです。しかし、主イエスに在って生きる者の楽しみには、深いやすらぎが伴う溢れる喜び楽しみなのです。

テモテ第一617節「私たちにすべてのものを豊かに与えて楽しませてくださる神に望みを置き・・・」と書かれているように、神さまは私たちを楽しませてくださるお方なのです。

心を込めた深い祈りは、神さまに私たちの心を近づかせ、神さまと私たちの心を結ぶのです。

たとえ、いつもと同じような平凡な環境の中でも、また、厳しい環境の中でも、そして、いくら年を重ねていても、主に在って生きる私たちには、心の底から湧くいのちの泉により、心は生かされ潤され、日々新しくしくされl、喜び楽しみつつ、与えられた人生の務めを果たすことが出来るのです。

今日も「尽きない泉」をお読みいただき感謝します。溢れるばかりの恵みが、お一人おひとりの心に注がれるように心からお祈りしています。

高橋芳昭。

2020年3月30日 (月)

「尽きない泉」通算2236号2020年3月30日(月)

2013//13「尽きない泉」第1号

私の孫娘である長瀬百合子さんがの婚約式が、東京、横浜でのコロナウイルスによる外出制限のために

中止となりましたので、家族だお祝いいをしました。

 

 

栄きぃうで外出制限のタン\芽「尽きない泉」通算2362020年3月30日(月)

聖書

主ご自身があなたと共に進まれる。主があなたと共に進まれる。主はあなたを見放さず、あなたを見捨てない。恐れてはならない。おののいてはならない。

申命記31章8節。

 

この言葉は、偉大な指導者モーセの後継者として選ばれたヨシュアを激励された、神さまの愛のこもったお言葉なのです。

私たちも、主の福音の恵みを次の時代に語り伝えるという光栄ある責務を担うものとして、神さまに選ばれたのです。今日にいたるまで、多くの証人により、絶えることなく、主の福音は継承されて来たのです

その責任を私たちも果たせるように、神さまは、どんな時も 私たち神の民の前に立ち進み導かれるのです。あたかも、牧羊者が、羊を外敵から守るための杖を持って、羊たちの先頭に立ち、子羊は抱きかかえて進み、草原に導き、水辺に伴う如くに、神さまは、神の民である私たちを 夜も昼も、片時も離れることなく見守り導いてくださるお方なのです。

主イエス様が、復活されてから40日目に天に昇られた後、 主の弟子たちを始めとして120名余の人々が10日間祈り待ち望み、復活後50日目の五旬節に、集まり祈り待ち望んでいた時、約束された上よりの力 神の御霊が注がれた 一同は聖霊に満たされ、主の証人になり、主の福音を引き継ぐ者となり、世界中に福音が広まり、今に至っているのです。

主イエス様は、きのうもきょうもあすも、そして、いつまでも変わることなく、私たちと共に歩んでくださるのです。

今日も「尽きない泉」をお読みいただき感謝します。主イエス様が、お一人おひとりと、今日も変わらず

共に歩んでくださるようにお祈りしています。

高橋芳昭。

2020年3月29日 (日)

「尽きない泉」通算2236号2020年3月29日(日)

2013//13「尽きない泉」第1号

今朝 あたり一面が7雪景色でした。

 

「尽きない泉」通算2362020年3月29日(日)

聖書

主は御霊です。主の御霊がおられるところには自由があります。

コリント人への手紙第二 317節。

 

主イエスさまを信じた時 主イエスご自身が私たちの心に住んでくださるのです そのときから 私たちの生きる力は 自分の力や知恵ではなく 心の内に住んでおられる主イエスご自身が 力と知恵になってくださるのです それは すべて神の御霊のお働きなのです そして御霊が働いておられるところには いつも自由があるのです もう 自分の力で頑張る必要がなくなり 不自然な束縛から解放された心は自由になり 飾らないありのままの心で のびのびと 自分を表現できるようになるのです 

そして 私たちの弱さも足りなさをよく分かっていてくださる 私たちの恵みに満ちた神さまは どんな時にも私たちの味方となり友となってくださるのです その主イエス様は 信じる私たちの心の内で尽きることなく湧く「尽きない泉」となって私たちの活動源となってくださるのです

今日も「尽きない泉」をお読みいただき感謝します。御霊の働きによる心の自由によりお一人おひとりの人生の日々が幸せであるように心からお祈りしています。高橋芳昭。

2020年3月27日 (金)

「尽きない泉」通算2234号2020年3月26日(金)

2013//13「尽きない泉」第1号

「尽きない泉」通算2342020年3月26日(金)

聖書

神のなさることは時にかなって美しい。

旧約聖書 伝道者の書311節。

 

神さまのなさることはすべて美しい!

神の創造されたすべてのものは実に美しい

野の花も 地に住む動物も 空を飛ぶ鳥も

すべていのちのあるものは美しい

それは いのちそのものである神さまのみ手による創造だからである

神の創造されたすべてのものの美しさには みずみずしいいのちの輝きがあり その美しさは 調和とバランスの取れた美しさである

 おさな子には みずみずしい美しさがあり それはそこにいのちの輝きがあるからである

主イエスを信じた私たちに与えられている「永遠の生命」は 私たちの心を生き生きとさせ 私たちの元気のもとになっている 超高齢になった私ですが 神さまに守られ 力を与えられて 毎日のウオーキングの習慣が実を結びつつあることは 主の福音の証人として嬉しいことある

私は いつまでも健康で元気に活動し 主に在り友の間でも 世の人々の間でも 主の福音の証人として 主に在って生きる者が 如何に生き生きと この世の現実の中を生きているかの証しを続けたいのです 

今日も「尽きない泉」をお読みいただき感謝します。お一人おひとりと共に 主イエス様がいつもともにいてくださるように心からお祈りしています。

高橋芳昭。  

2020年3月26日 (木)

「尽きない泉」通算2234号2020年3月25日(木)

2013//13「尽きない泉」第1号

あちこちで梅が咲き始め春らしくなりました。

「尽きない泉」通算2342020年3月25日(木)

聖書

弟子の一人、シモン・ペテロの兄弟アンデレがイエスに言った。「ここに、大麦のパン5個と魚二匹を持っている少年がいます。ヨハネの福音書67節。

 

人生の荒波にもまれ、沈みそうになった時に、人主に在って生きる私たちに、思いもよらない大きな力が湧いて来て危機を乗り越えられ、神さまの御力を賛美し感謝しつつ備えられた道を進むことがあるのです。

私たちは弱く小さくても、神さまのみ手にすべてを委ねると、神さまは、その小さな私たちの力を活かし用いて大いなる御業を行ってくださるのです。私たちは弱く小さくても、いつもいっしょにいてくださる主イエス様が、私たちの力となってくださいますので大きな力が湧いてくるのです。

少年が持っていた五つのパンと二匹の魚のわずかな食べ物が、なんと5千人もの人々が望むだけ食べても、なお、残るほどの大量になったのです。主イエスさまの恵みは、すべて満ち溢れるばかりに豊かなのです。

そして、主のみ名により、祈り求めた願いをすでに与えられていると信じなさいと主は言われました。

身近なことですが、長い坂道や長い階段を登っていて、限界と思うほど疲れ、呼吸が荒くなることがありますが、日ごろ祈り求めている力が、自分には与えられて信じると新しい力が湧いてくるのです。

五つのパンと二匹のような小さく弱い私ですが、のような私を用いてくださることを信じて、なおなおすべてのことにおいて、挑戦する姿勢で、終わりまで向上心を失わず、神さまの栄光を現す生涯を全うしたいのです。

今日も「尽きない泉」をお読みいただき感謝します。お一人おひとりの上に、今日も溢れる神の恵みと深くゆるぎない神の平安が注がれますようにお祈りしています。高橋芳昭。

2020年3月25日 (水)

「尽きない泉」通算2233号2020年3月24日(水)

2013//13「尽きない泉」第1号

庭の梅も満開です。

「尽きない泉」通算2332020年3月24日(水)

聖書

しかし主は、「わたしの恵みはあなたに十分である。わたしの力は弱さに内に完全に現れるからである。」言われました。

ですから私は、キリストの力がわたしをおおうために、むしろ大いに喜んで、弱さを誇りましょう。

ですから、キリストのゆえに、弱さ、侮辱,苦悩、迫害、困難を喜んでいます。というのは、弱い時にこそ強いのです。
コリント人への手紙 第二 129

 

私たちが、どんなに至らなく弱くても、恵み深い主イエス様は、有り余る恵みを、溢れるばかりに、注いでくださるのです。
飾らないありのままの人間の本当の姿は、実に、弱く、足りないところばかりなのです。

主イエス様は、そのような人間の本当の姿を私たちに気づかせてくださり、その弱さから私たちを救いに導き、強く生きる私たちに変えてくださったのです。それは決して人間的な頑張りでなく、主を信頼して生きる者に与えられる「神さまの恵みによる力」によって強くなれるのです。

私たちは、主イエス様から、あらゆる必要な恵みを溢れるばかりに与えられ、私たちは、人間の本当の姿である弱さを、恥じるどころか、かえって誇りにして、ありのままの自分で生きられるようになったのです。

このような奥義は、艱難辛苦、苦しみを経験したことにより悟ことが出来るのです。苦しみは、決して、無駄にはならないのです。

「苦しみにあったことは、私にとって幸せでした。それにより、私はあなたのおきてを学びました。」詩篇11921節。

彼らは涙の谷を過ぎる時も、そこを多くの泉の湧くところとします。詩篇846節。

今日も「尽きない泉」をお読みいただき感謝します。

お一人おひとりの人生に、神さまのあらゆる恵みが、溢れるばかりに注がれますようにお祈りしています。

高橋芳昭。

2020年3月24日 (火)

尽きない泉」通算2232号2020年3月23日(火)

2013//13「尽きない泉」第1号

昨年 晩秋に蒔いたほうれん草が少し大きくなりました。

「尽きない泉」通算232号2020年3月23日(火)

聖書

荒野と砂漠は喜び、荒れ地は喜び踊り、サフランのように花を咲かせる。盛んに花を咲かせ、歓喜して歌う。中略。彼らは主の栄光、私たちの神の威光を見る。弱った手を強め、よろめく足をしっかりさせよ。心騒ぐ者たちに言え。「強くあれ、恐れるな。」イザヤ書3514節。

 

主イエス様は、正に、荒れ地を開拓し、荒野や砂漠であった原野を、花は咲き、鳥は歌い、人々は喜び歌い楽園に造り上げるような生涯を全うされたのです。

主を信じてからの私の人生は、すべてのことで荒野を切り開き、その地を花を咲かせ、実を実らせる沃野とするような開拓に継ぐ開拓の人生でありました。それは、私の信仰の姿勢であり、自身の性格でもあり、喜びなのです。

今も、少々の困難はあっても、絶えず、現状にとどまらず、つねに一歩先への前進向上を目指しお祈りしながら、主から力を与えられ生きることを喜びとして来たし、今も、主に在って日々新しい気持ちで挑戦する生き方を不十分ながらも続けています。

そして、神さまも、また、私の人生を旅人のように、各地を次々と転地させなさって、その地その地で新地を切り開く開拓者の経験を重ねてきました。

91才の今も、神さまは、この私に、様々なことに挑戦させてくださり、なお鍛えてくださることは、本当に感謝なことです

ブログ「尽きない泉」の執筆も、受けし恵みの証しのために、開拓者精神で、独自のスタイルで継続してきましたが、これからもつねに、主を待ち望み日々新しいみ言葉を与えられ、また、力と知恵を与えられ、新地を開拓するような心で、日々斬新で平易な分かりやすいブログ作りに挑戦し、何として福音のために役に立つ「尽きない泉」を目指します。

そのためにも、心身の健康維持のためウォーキングに励み、食事、睡眠に注意を払い、聖書は勿論、その他の健全で幅広い知識を色々方法で吸収することを心掛けていきます。

「尽きない泉」の働きのために、ぜひ続いてお祈りをお願いいたします。

今日も「尽きない泉」をお読みいただき感謝します。お一人おひとりの日々が溢れ恵みに満たされ幸せでありますようにお祈りします。

高橋芳昭。

2020年3月23日 (月)

「尽きない泉」通算2231号2020年3月22日(月)

2013//13「尽きない泉」第1号

庭にフキノトウが出始めました。

「尽きない泉」通算231号2020年3月22日(月)

聖書

神から生まれる者はみな世に勝つからです。私たちの信仰、これこそ、世に打ち勝った信仰です。世に勝つ者とは誰でしょう。イエスを神の子と信じる者ではありませんか。ヨハネの手紙 第一 5章45節。

いま世界中が、新型コロナウイルスと戦っています。その強い感染力から身を守るために苦戦しているようです。この世のすべては、神さまの御手の中にあるのですから、私たち主イエス様に在って生きている者たちの祈りに、神さまは応えて、私たちを必ず守ってくださるのです。

およそ、世に生きるには、世に渦巻く荒波を乗り越え勝ち抜かねばならないのです。人間社会は、幾たびかウイルスと言う難敵と戦い乗り越えてきました、

戦いには、攻撃と守備の両面があります。正面か立ち向かい敵に勝つ方法と敵にスキを見せず、じっと忍耐強く解決のチャンスまち乗り越えてきたのです。

物事には、必ず両面があり、ことの実体を理解するには、表側をよく観察するとともに、表面からだけではなく、裏面も洞察する力と知恵が必要なのです。かみの御霊はその知恵と力を与えてくれるのです。

主イエス様を信じる私たちは、人生の荒波に必ず勝つことが出来るのです。それは、主イエス様が世に勝たれたからです。

今日も「尽きない泉」をお読みいただき感謝します。お一人おひとりの人生に主イエス様がいつもともにいてくださいますようにお祈りしています。

高橋芳昭。

2020年3月19日 (木)

「尽きない泉」通算2229号2020年3月19日(木)

2013//13「尽きない泉」第1号

お断り 明日明後日の二日間 知人の家族による記念会に孫娘と出かけますのでの「尽きない泉」を休みます。よろしくお願いします

「尽きない泉」通算22292020年3月19日(木)

聖書

それからイエスは弟子たちに言われた。「誰でもわたしについてきたいと思うなら、自分を捨て、自分の十字架を負って、わたしに従ってきなさい。自分を救おうと思う者はそれを失い、わたしのためにいのちを失うものはそれを見出すのです。マタイの福音書162425

 

この言葉は、マタイだけでなく、マルコもルカも書いている。それだけ、この言葉には大切な意味が込められているのです。

この言葉は特別に厳しいようですが、弟子たちを愛する主は、弟子たちのために、人間が生きて行くための奥義を特に明かしたのです。主イエスは、ご自分の十字架と復活のこと考えていたかも知れません。

人は、それぞれが、それぞれの重荷を背負って生きているのです それは自分が鍛えられるために必要な重荷なのです 喜びをもって進んでその十字架を負うとき 主はともにいて助けて下さり守ってくださりのです ですから ひたすら主のみ名を呼び求めお祈りが必要なのです。

およそ、人間の脳も筋肉も、使えば使うほど、その働きは良くなるのです。水の流れはつねに流れているからきれいなのです。流れが留まりよどむと腐ります

筋肉も使わないと弱り、その機能を失います。手足を動かし働くことは収穫を得るだけでなく 人間は働くことによって肉体のすべての機能は刺激され、より活発になるのです。歩くことは体全体を刺激する全身運動なので、健康管理には最適です そのことで費やすエネルギーは無駄な消費ではないのです

心を尽くし、力を尽くして自分の持てるものを出し切って勤勉に活動している人は、ますますすべてのことで満たされ豊かになるのです 他のために自分を与え尽くしているとますます自分が豊かになるのです

人生の苦労は自分のためになるのですから、喜びをもって進んで自分を捨て、すべてを尽くし身を粉にして忍耐強く生きていると いつの間にか 自分の良い面が引き出され、結果、豊かさが後からついてくるのです。 

主イエスは、ご自分を捨て、神に仕え、人に仕えるしもべの心で、弟子たちの足を洗い模範を示されたのです

与えられた人生を感謝し、進んでしもべの心で自分を捨てその重荷を負って生きる生き方を神さまは喜んでくださり 福音のために役に立つ者として、私たちを祝福しくださるのです。

 

今日も「尽きない泉」をお読みいただき感謝します。

お一人おひとりの日々の重荷を主が共に背負ってくださるようにお祈りしています。

高橋芳昭。

2020年3月18日 (水)

「尽きない泉」通算2228号2020年3月18日(水)

2013//13「尽きない泉」第1号

庭の梅の古木にも花が咲き始めました。

「尽きない泉」通算22282020年3月18日(水)

 

聖書

わたしはぶどうの木、あなたがたは枝です。人がわたしにとどまり、わたしもそのひとにとどまっているなら、その人は多くの実を結びます。わたしを離れてはあなたがたはなにもすることができないのです。ヨハネ155節。

 

この聖句は 私の信仰の原点です 正に 私のいのちの源であるのです いのちの源から離れたら 私の内面のいのちは終わりです いかにも元気でいるように見えても その内面は ただ頑張っているがけで 心はゆとりのない状態で 力が尽きるのは時間の問題です 私たち人間の力には限界があるので人は誰もが疲れます 人間の疲れには 肉体の疲れと心の疲れの両方あるのです それは表裏一体なのです 私も色々な理由で疲れます ですから 先ず 主イエスとの心のつながりを確かめために祈り待ち望んでいると 御霊の働きにより 心に新しい力が湧いてくるのです それは 幹である主イエスに 枝としてつながったからなのです と言うよりは 主イエスと一体になり交流が生まれたのです 今日のみ言葉をよく読むとそのことがよく分かります

主に在って生きる私たちの心に 尽きることなく湧き溢れる「尽きない泉」が湧いているとき 心はうるおされ生き生きとなり 疲れを知らないがごとくに生きて行けるのです

今日も「尽きない泉」をお読みいただき感謝します。皆様方お一人おひとりの心の底から生ける水が湧き続けますように心からお祈りしています。

高橋芳昭。

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