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尽きない泉」1,942号

 

2019年8月25日 (日)

「尽きない泉」通算2064号8月25日(日)

2013//13「尽きない泉」第1号 


「尽きない泉」通算2064号8月25日(日)

聖書
イエスは人々に向かって話し始められた。「あなたが耳にしたとおり、今日、この聖書のことばが実現しました。」人々はイエスをほめ、その口から出てくる恵みのことばに驚いた。「この人はヨセフの子ではないか。」と言った。ルカ4章21~22節。

 

主イエスの話された言葉には、神のことばとして権威とともに、人の心をいやす恵みに満ちた言葉であったのです。私たちの内に住んでくださる御霊の力によって、私たちも、その語る言葉が、人の心を慰めいやす恵みのことばでありたいのです

 人間は、「ことば」を使うことで、自分の考えを人に伝え、生活している。そして、世界は、ことばで動いているといっても言い過ぎではありません。言葉の影響力を思えば、軽はずみに言葉を使えないのです。一言づつ言葉を選んで使う丁寧さが必要です。

神さまは、創造の御業を「ことば」で行われ、人間にも「言葉を話す力」を与えてくださったのです。およそ、生き物の中で「ことば」使うのは、人間だけです。

生活のために使うだけでなく、文芸作品にも言葉は使われ、創作する人、そして、それを読む人、鑑賞する人の心を潤しているのです。また、音楽に言葉を乗せて歌い楽しんだりもします。

そして、聖書は、権威と慰めの言葉でつづられた、神さまからの手紙であり、約束のことばであり、メッセージなのです。詩篇119篇105節にあるように、聖書のことばは、いのちのことばであり、足のともしび、道の光なのです。

神の言葉を伝えるこの「尽きない泉」が、ますます、多くの人に届き、御業が行われるように、主の御霊に教えられるまま、導かれるまま書きました。栄光を主に帰しつつ。高橋芳昭。

2019年8月24日 (土)

「尽きない泉」通算2063号8月24日(土)

2013//13「尽きない泉」第1号 


散歩の途中で見かけ、きれいだったので撮りました。

 

「尽きない泉」通算2063号8月24日(土)

聖書

主は私の羊飼い。私は乏しいことはありません。主は私を緑の牧場に伏させ、いこいのみぎわに伴われます。詩篇23篇1~2節
まことにいのちの限りいつくしみと恵みが私を追って来るでしょう。私はいつまでも、主の家に住まいましょう。同6節。

 王にまでなったダビデは、若き日に、羊飼いをしていたことがあった。その経験は、彼の働きのために無駄にならず極めて有益であった。ダビデは、イスラエル民族の歴史に名を残す大事な役割を果たす王として、庶民の苦労も理解できる人物であった。正に、神さまに選ばれた人物であった。

詩篇23篇は、詩として名作であり、心の襞(ひだ)に届くきめの細かい気配りを感じる情緒豊かな詩篇であり、この情緒の豊かさは、人間に大事な資質なのであり、人と人との、コミュニケーション、交流をなめらかにするのです。

この詩篇23篇は、正に、豊かな愛、大きく広い愛を感じる詩篇で、多くの人を慰め、励まし、その苦労を支えているのです。

そして、この詩篇は、主イエス様のことばと行いそのものを表現しているのです。私たちといつも共にいて人生を歩んでくださるお方は、このような愛に満ち溢れているお方なのです。言葉に言い尽くし得ない喜びと感謝が心に溢れます。尽きない泉」を読んでくださるお一人お一人の上に神さまの恵みと愛が注がれますようにお祈りしています。高橋芳昭。

 

2019年8月23日 (金)

「尽きない泉」通算2062号8月23日(金) 「尽きない泉」通算2062号8月23日(金)

2013//13 「尽きない泉」第1号 


百日紅 さるすべり 夏の花です。

 

「尽きない泉」通算2062号8月23日(金)

聖書
イエスは彼に言われた。「あなたは心を尽くし、いのちを尽くし、知性を尽くして、あなたの神、主を愛しなさい。」これが重要な第一の戒めです。「あなたの隣人を自分自身のように愛しなさい。」という第二の戒めも、それと同じように重要です。マタイ22章37~39節。

 主イエスの十字架に現された、その大きな愛をもって、神さまは私たちを愛し、助け、励まし、守ってくださるお方なのです。私たちは、その愛に応えるために、「持てる力を出し尽くし全力で、自分の責任を果たすのは当然なことであり、主イエス様は、重要な戒めであると言われたのです。

主に在って生きる私たちは、世の中の人々の間に見る情熱に勝る熱い心で生きて行く力と熱い心を与えられているのです。神さまの恵みと愛に甘えて、気を抜いては申し訳ないのです。主イエス様は、そのために、私たちに力を与えてくださるのです。

深呼吸で、肺の中の空気を出し切り、肺を広げると空気がどっと入ると同じように、全力で生きている人は、ますます力が付くように、体はできているのです。持つ人は、それを使えば使うほど、ますます増えるのです。忍耐強く、続けていると、いつの間にか、結果が後からついてくるのです。継続は力です。主の御名によってささげる祈りも、直ちにこたえられる時もあるし、間をおいて静かに叶えられることもあるのです。神さまは、真実なお方です。黙示録3章15節以下に、「冷たくも、熱くもない行い」を戒めている言葉があります。

 ここぞと思うときには、自分の持てる力を、精一杯出し切るような人が、結果を出すのです。忍耐力、集中力は、重要な生きる力、人間力です。

「尽きない泉」を読んでくださるお一人お一人の上に神さまの恵みと祝福がありますようにお祈りしています。高橋芳昭。

2019年8月22日 (木)

「尽きない泉」通算2062号8月22日(木)

2013//13 「尽きない泉」第1号 

庭の小さな畑で獲れたトマトです。

 

「尽きない泉」通算2062号8月22日(木)

聖書

今日の話題 夕があり、朝があった。

2013//13 「尽きない泉」第1号 


「尽きない泉」通算2062号8月22日(木)

神は仰せられた。「光、あれ」と仰せられた。すると光があった。神は光を良し見られた。神は、光と闇を分けられた。神は光を昼と名づけ、闇を夜と名づけられた。夕があり、朝があった。第一日。 創世記1章3~5節。

 太陽が沈み夕焼けの風景は美しい。朝日が、水平線に少し顔を出し始めの海面の輝きは美しい。昼でもない、夜でもない朝、夕が美しいのである。日本人は、そういう右でもなく左でもなく中庸というか、あいまいとも思える色や雰囲気が好きである。色で言えば、赤、黄、緑の3原色の強すぎる色を好まない。建物、家具、服装でも、中間色を選ぶ。本格的な和食は、色、形、味、そして、器まで繊細な心配りをするほど美意識が高い。

 その様な敏感な美的感覚が、古い昔から、多くのすぐれた、文学、絵画、彫刻など産み出し、、世界からも高い評価を受けているのです。

日本の自然は実に美しい。多くの美しい花は咲き乱れる春夏秋冬、花鳥風月の美しさは、素晴らしい。

東洋の狭い島国、日本に生まれたことを誇りに思う。その上、信州という春夏秋冬の美しい環境に導かれたことと、主イエス様が、私のようなものを選び、共に人生を歩いてくださることを心から感謝しています。

「尽きない泉」を読んでくださるお一人お一人の上に神の限りなく豊かな恵みが注がれますようにお祈りしています。

高橋芳昭。

2019年8月21日 (水)

「尽きない泉」通算2061号8月21日(水)

2013//13 「尽きない泉」第1号 

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伊那市内で見た稲の田んぼ

「尽きない泉」通算2061号8月21日(水)

聖書

トマスはイエスに答えた。「私の主、私の神。」ヨハネ2028節。

 

復活された主イエス様は、特別に疑い深かったトマスのところに個人的に現れてくださったのです。 「私の神、私の主」と心から叫んだのです。トマスは、その主イエス様のみ言葉により、恵み深い御心がやっと分かったのでしょう。 この時、何でも疑う懐疑的な暗い心であったトマスは、明るいトマスに変わったのです。

そして、主イエス様を「私の主、私の神。」と温かい親しみの気持ちを込めて主イエス様を仰いだのです。

 

神さまは、一人一人をえこひいきなく、その大きな愛を注いでいてくださるのです。そして、その愛は、心を開き受け入れるとき心に満ち溢れるのです。心を静めて主を仰ぎ、待ち望む時、朝露が降りるように、静かに私たちの心に、その愛は注がれ、新しい力が、心にみちてくるのです。

今日もこの「尽きない泉」を読んでくださるお一人お一人の心に、神のその大きな愛がそそがれますように、心からお祈りします。

高橋芳昭。

2019年8月20日 (火)

「尽きない泉」通さん2060号 算2058号8月20日(火)

2013//13 「尽きない泉」第1号 

 

 

私が今、出席している下諏訪キリスト教会では、若い人から高齢までの各年代の人たちが70名ほど出席している。その中の多くの人が主に仕える心で黙々と教会の欠けを補っている。その中のこのお二人は、信仰生活も長く、その信仰を貫いている方です。証のために載せました。栄光神に!

「尽きない泉」通さん2060号 算2058号8月20日(火)

 聖書

勤勉で怠らず、霊に燃、主に仕えなさい。望みを抱いて喜び、苦難に耐え、ひたすら祈りなさい。ローマ121112節。

 人は、皆、神さまから、いのちと人生を与えられ、かつ、活動するための肉体を与えられ、それぞれに相応しい能力、賜物を与えられ生まれて来たのです。そして、それぞれのその能力、賜物をより豊かに生かし、活用し、より強く、より知恵豊かな人になるためにぜひ必要なのが、勤勉、忠実、情熱であります。

そして、大切なのは、「主に仕えるしもべの心」なのです。しかし、奴隷ではないのです。主イエス様のしもべとして奉仕する心で、すべてのことを手掛ける人が、神さまに認められ、世の中でも認められるのです。 誰れであっても、およそ、人の上に立つ者は,しもべであるようにと、主イエス様は、自ら弟子たちの足を洗い、模範を示めされたのです。

 何事も、主イエス様に、お仕えするしもべの心で忠実に励んだ人たちが、人生で、多くの実を結び、多くの業績を残しているのです。そして、貧困をはじめいろいろな困難を、決して、無駄でないと信じて、その困難を喜び、たくましく乗り越えた人達が、多くの実を人生に残しているのです。

私たちの人生は、多くの実を結び、その実を残こし、神の栄光を現すために私たちは、選ばれたのです。この光栄な恵みの選びに応えるために、終わりまで、喜んで、勤勉忠実に生きて行きないのです。

「尽きない泉」を読んでくださるお一人お一人の上に、神さまの祝福と御助けが与えられる様に、お祈りしています。高橋芳昭。

2019年8月18日 (日)

「尽きない泉」通算2058号8月18日(日)

2013//13 「尽きない泉」第1号 

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「尽きない泉」通算2058号8月18日(日)

聖書

いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。すべてのことにおいて感謝しなさい。これが、キリスト・イエスにあって神があなたがたに望んでおられることなのです。テサロニケ人への手紙第一51618節。

 聖書の言葉のすべてがそうであるように、このみ言葉も、テサロニケの手紙全体をバックにした深い意味を持った言葉なのです。

 この世界は、永遠ではないのです。いつかは終わりの日が来るのです。私たちのいのちがいつ終わりを迎えるか私たちには分からないように、この世界も、いつ終わるか分からないのです。私たちは、自分の人生の終わりをどう迎えるかを考えるように、この世の終わりを迎えるための心得えが、ここに書かれているのです。

いつ世の終わりが来ても、それに備えた準備をするように、聖書は、教えているのです。それが、喜び、祈り、感謝なのです。

どんな事が起きても動揺せず喜び、感謝することが、時には、難しいことがあっても、喜び感謝しなさいと言っているのです。そして、主イエス様の恵みに与った者には、そのような感謝する力が与えられるのです。進んで、喜び感謝する心で行動を起こすと、先ず、自分が元気になり、活発になるのです。いつ主イエス様が、この世に来られた時、喜びと祈りと感謝の心で明るく迎えたいいのです。

喜び、感謝は、自分の肉体にっも、よい影響を与えるのです。

今日も感謝を忘れず、良い一日をすごしましょう。

「尽きない泉」を読んでくださるすべての方々の人生が、神の祝福の下、栄光の人生でありますように心からお祈りしています。高橋芳昭。

2019年8月15日 (木)

「尽きない泉」通算2058号8月14日(水)

2013//13 「尽きない泉」第1号 

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庭の菜園のモロヘイヤ

2013//13 「尽きない泉」第1号 

「尽きない泉」通算2058号8月14日(水)

聖書

彼がさらに1千キュピト測ると、水かさが増して渡ることのできない川となった。川のほとりには、こちら側にも、あちら側にもあらゆる果樹が成長し、その葉も枯れず、実も絶えることなく、毎月、新しい実をつける。その水が聖所から流れ出ているからである。その実は食物となり、その葉は薬になる。旧約聖書 エゼキエル47章。

 神さまの恵みは、つねに、溢れるほど豊かで深いのです。その恵みの大海に身を任せると、私たちの足は届かないのです。

そうです!神さまのその御愛の広さ、長さ、高さ、深さが、私たちの理解をはるかに越えたものであるのです。聖書には、神さまの恵みの深さを、いろいろな言葉で言いあらわしているのです。心の豊かさは、目に見える現実に反映するのです。 

人間の背丈をはるかに越えた、神さまの恵みの深さに、私たちは、しばしば戸惑いますが、その神の恵みの大海に私たち自身の力を抜いて委ねた時の平安こそ、主イエス様が私たちに与えてくださった平安なのです。私たちの心に注がれる主イエスの平安は、「尽きることなく湧く泉」となって私たちの人生を支えてくださるのです。

お一人お一人の人生に、神の祝福が注がれますようにお祈りしています。高橋芳昭。

 

2019年8月14日 (水)

「尽きない泉」通算2058号8月14日(水)

2013//13 「尽きない泉」第1号 

サフランです。

「尽きない泉」通算2058号8月14日(水)

聖書
荒野と砂漠は喜び、荒れ地は喜び踊り、サフランのように花を咲かせる。盛んに花を咲かせ、歓喜して歌う。これにレバノンの栄光とカルメルやシャロンの威光が授けられるので、彼らは主の栄光、私たちの神の栄光を見る。イザヤ3512節。

今から71年前、19才の私は、永遠の神、そして、救い主イエスの下に、導かれた。人間的な外面はごく普通の青年であったが、心の中は、渇き切った砂漠のような人生であった。

 昭和20310日、アメリカの爆撃機B29による焼夷弾投下により、東京の大部分は焼け野原になった。我が家も広がる火災に灰となった。しかし、東京、そして、日本は、過去をはるかに越えた繁栄を日本人の勤勉な向上心で成し遂げた。明日は終戦記念日である。

日本も大きく変貌したが、私自身の人生も、神さまの不思議な導きにより、真に信頼できるお方である神さまを信じる信仰を与えられ、わたしの内面は、新しく生まれ変わったのです。主に仕える喜びにあふれ、毎週行われる教会のすべての集まりに喜んで参加しました。

正に、御霊がお働きくださった以外に考えられない大転換したのです。あれから71年、イザヤ書のみ言葉の通り、荒野と砂漠の人生から解放され、荒れ地は、喜び踊り、歓喜して歌う人生に変えられ、弱い私は、転んだり、つまずいたりしてきたが、そのたびに、主のあわれみで立ち上がり、強くなり今日もなお、心を熱くして主に仕える心で、主の福音のために労させていただいています。

「尽きない泉」も、朝毎に、御霊の助けを与えられ、日々、新たな気持ちで書いております。これからもどうぞよろしくお願いします。

お一人お一人の人生の祝福をお祈りしています。高橋芳昭。

2019年8月13日 (火)

「尽きない泉」通算2058号8月13日(火)

2013//13 「尽きない泉」第1号 

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先日の礼拝で、ご自分の半世紀50年余にわたり貫かれた信仰の証されたÝ姉の写真をご本人の許しを得て写しました。隣は、私の娘です。

「尽きない泉」通算2058号8月13日(火)

聖書
これはゼルバベルへの主のことばだ。「権力によらず、能力によらず、わたしの霊によって」と万軍の主は言われる。大いなる山よ、おまえは何者か。おまえはゼルバベルの前で平らにされる。ゼカリヤ447節。

 ゼルバベルという人物は、紀元前600年ぐらい前にイスラエル民族の多くが敵国バビロンでの捕囚からの解放という大事業のリーダーとして活躍した人であったようである。

上よりの力である、御霊の力によらなければ、その大事業を成し遂げることはできないと、神さまは、ゼブバベルをさとしたのです。

 この言葉は、世の荒波を乗り越えながらこの世の現実と戦う私たちへの神さまのことばであり、約束なのです。そして、この約束は、ペンテコステ(五旬節)の日に実現したのです。「その後、わたしは、すべての人にわたしの霊を注ぐ、あなたがたの息子や娘は預言し、老人は夢を見、青年は幻を見る。」ヨエル228節。

この出来事は、私たちの信仰の原点であり、生きて行くエネルギーの源泉なのです。人間の力だけの頑張りでは、この世の現実に勝つことはできないのです。 

ですから、日々、初心に戻り、神さまに祈り、つねに、内に在る御霊を確かめるのです。そして、主イエス様と共に生きるという素晴らしい生き方は、御霊の働きによることを心にとめて、御霊の助けを日々求めています。

「尽きない泉」を読んでくださるお一人お一人の上に神さまの豊かな祝福をお祈りしています。高橋芳昭。

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