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2019年1月24日 (木)

「尽きない泉」第1903号

「尽きない泉」1号2013//13

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          21日朝の雪景色(玄関前)

「尽きない泉」第1903号

聖書 そのとき足のなえた者は鹿のように飛び跳ね、口に聞けない者の舌は喜び歌う。水が湧き出し、荒れ地に川が流れるからである。
焼けた地は沢となり潤いのない地は水の湧く所となり荒野に、ジャッカルの伏したねぐらは、葦やパピルスの茂みとなる。
イザヤ書3567節。

  神ご自身の栄光のために、その御手が動き始めたとき、人の思いを越えた不思議な新しい御業は始まるのです。
 荒野は通常は作物など期待できない不毛の地なのです。

 しかし、神はその荒野を花が盛んに咲き乱れ、人は喜び楽しむ楽園のごとき豊かな地に変わるのです。およそ、明るい未来など望めないにもかかわらず、神の約束を信じ、神の負いなる祝福を受けたアブラハムの信仰にならって、人生の荒野に挑戦しようとしています。

神さまは、祈りに答えて、力を与え勝利と栄光の確信を与えてくださる事を感謝します。

 おひとりおひとりの上に、勝利の主の御手が置かれるようにお祈りしています。高橋芳昭。

2019年1月23日 (水)

「尽きない泉」第1902号

「尽きない泉」1号2013//13

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            ばら  熱情

「尽きない泉」第1902号

聖書 雄々しくあれ、恐れてはならない。おののいてはならない。あなたの神、主が、あなたの行く所どこにでも、あなたとともにあるからである。ヨシュア19節。

今日の話題 試練は、飛躍のチャンス!ピンチはチャンス!

 モーセの後継者として選ばれ大いに期待されたヨシュアも、普通の人と同じで、弱さを持っていたのです。神さまは、そのヨシュアに心のこもった励ましの言葉を送ったのです。

 主イエスに在って生きている私たちにも、主イエス様は、心を騒がすな!おそれるな!と言っておられるのです。
 素直に弱さを認め、詩篇の作者たちが、神さまに、自分の苦しみ、悩みを訴え祈り、助けを仰ぎ、その都度、助けられているのです。詩篇は、厳しい現実を生きる者の手引書です。

 人生の試練は、神の愛による訓練なのです。弱さをもって生きることは、恥ではないのです。明るい心で、神を賛美しつつ生きましょう。

 試練は、飛躍のチャンスなのです。ピンチはチャンス!私たちは、試練の中で多くの恵みを受けるのです。すべてを益となさる神さまの恵みにより思わぬ道が開かれるのです。神さまは、さらに大きな恵みを与えようとされているのです。

神さまは、永遠です。その恵みと愛も永遠です。見えるところに驚かず、平常心を失わないことです。

おひとりおひとりの今日一日が祝福された良い一日でありますようにお祈りします。高橋芳昭

2019年1月22日 (火)

「尽きない泉」第1901号

「尽きない泉」1号2013//13

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   春の七草 季節を楽しむ日本人の情感の豊かが分かります。

               
     「尽きない泉」第1901号

 聖書 試練に耐える人は幸いである。耐え抜いて良しと認められた人は、神を愛する者に約束された、いのちの冠を受けるからです。
ヤコブ1章12節

 試練に耐える秘訣は、神と交流(祈り)人との交流なのです。

神さまは、試練の中で、温かい眼差しで見守っておられるのです。どんな試練の中でも私たちを孤独、一人ぽっちにはなさらないのです。神さまは、「行くにも帰るにも、今よりとこしえまでも、守ってくださる」のです。

 愛であられる神さまは、交わりを望んでおられるお方なのです。人の心も交流によって満たされるのです。人の脳のために人と交流は大事なのです。さらに、一方通行でなく心を込めた対話は、心の栄養になるのです。

 一番望ましい交流は、顔と顔を合わせての交わりが望ましいのですが、文字だけ、声だけでもいいのです。「尽きない泉」は、文字だけに限られているのですが、出来れば、顔と顔とを合わせての交流を、勿論、望んでいるのです。

 聖書 主ご自身こう言われるのです。「私は決してあなたを離れず、あなたを捨てない。」

主イエス様を知って、主イエスとの対話が始まり、人は深い心の満足感を味わうのです。

 おひとりおひとりとの言葉による交流が、この「尽きない泉」によってますます深まりますように祈っています。高橋芳昭

2019年1月21日 (月)

「尽きない泉」第1900号

「尽きない泉」1号2013//13

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            サフラン

「尽きない泉」第1900号

聖書 あなたは前からうしろから私を取り囲み、御手を私の上に置かれました。そのような知識は私にとってあまりにも不思議、あまりにも高くて及びもつきません。詩篇139篇5~6節。

 神さまの御知恵と力は、人の思いをはるかに越えた及びもつかない不思議としか言えないものです。あのこと、このことと複雑な問題の中を切り抜けていかねばなりません。しかし、心を静めて祈り神さまからの答えを祈り待ち望むとき、神さまは、答えてくださるのです。

自分一人で背負い込み、思い煩わずに神さまの御手に委ねることは、生きて行く知恵なのです。終わってみれば、やはり、最善の結果を見るのです。

この詩は、神さまから教えられた生きる知恵をダビデが書き遺された詩篇です。

今日もお元気で活躍されますようにお祈りします。高橋芳昭。

2019年1月20日 (日)

「尽きない泉」第1899号

「尽きない泉」1号2013//13

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 永く静岡市に住み、冬の空気の澄んだ日に見た富士山が大好き。  今は、諏訪湖が大好きです。

「尽きない泉」第1899号

聖書 しかし、わたしの名を恐れるあなたがたには、義の太陽が上り、その翼には、いやしがある。あなたがたは外に出て、牛舎の子牛のように跳ね回る。旧約聖書マラキ書4章2節。

主イエス様は、私たちの信仰の祈りに答えて、心も体も、ストレスから解放し、癒し、強くしてくださるのです。

私は、まだまだ元気であった頃から、日々,活動する脳を含めた体のすべての部分が、働いてくれていることへの感謝を心掛け、臓器の一つ一つの名を挙げて祈り、これからも、健康で活動してくれるように、また、もし、傷つき病んでいるとしたら癒されるように、気持ちを込めお祈りすることを続けています。

90才まで「尽きない泉」を書き続けられたのも、正に、神さまの恵みといつくしみによるのです。

 共にいてくださる主イエス様は、必ず、祈りに答えてくださいます。金曜日には、ゆるされ温水プールでのリハビリにいってきました。

 終わりまで、主イエスの福音のために元気で働きたいです。子牛が元気で飛び跳ねるように・・。

 おひとり、おひとりの上に神の祝福が豊かでありますように・・。

高橋芳昭。

2019年1月19日 (土)

「尽きない泉」第1898号

「尽きない泉」1号2013//13

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「尽きない泉」第1898号

聖書 神はご自分の大きなあわれみのゆえに、イエス・キリストを死者の中からよみがえられたことによって、私たちを新しく生まれかわらせて、生ける望みを持つようにしてくださいました。ペテロ①1章3節。

 主イエスを信じた時、永遠のいのちを与えられました。その永遠のいのちは、いつまでも続く生きた希望なのです。失望に終わることのない希望なのです。ですから、どんな時にも可能性を信じて前向き生きる力が湧いてくるのです。心に思い描くイメージが結果に大きな影響を及ぼすのです。心は人の体全体の司令塔のようなものです。神のことば聖書を信じる心、明るい心、感謝の心、温かい愛の心、御霊によって強くされた心、これらは人の生き方に、とても良い影響を及ぼすのです。多くの実を結ぶ人生の秘訣です。

 おひとり、おひとりの人生に限りない祝福が注がれますようにお祈りします。高橋芳昭。

2019年1月18日 (金)

「尽きない泉」第1897号

「尽きない泉」1号2013//13

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                  ばら アブラハムダービー

「尽きない泉」第1897号

主を呼び求める者すべて、まことをもって主を呼び求める者すべてに主は近くあられる。また主を恐れる者すべての願いをかなえ、彼らの叫びを聞いて救われる。すべて主を愛する者は救われる。
詩篇145篇18~20節。

 今日も、主イエス様が共にいてくださるのです。これ以上、心強いことはありません。
この詩篇は、王までになり、かつ、多くの苦しみを経験したダビデの作です。そして、神さまに心から感謝し、神の御名をほめたたえているのです。

私たちが生きていること、神からいのちを与えられ置かれている環境を感謝は、どんな時にもどんな事が起きても、忘れてはならない心の奥底にいつもあるべき思いなのです。

今置かれている環境に感謝、家族に感謝、今、経験していることに感謝、与えられている使命に感謝。脳含めた肉体に感謝。感謝は生きる力、生きる喜びであり、実り多い人生につながるのです。

 私たちの望みは、神さまにあるのです。私たちの望みは、無限の可能性を信じる望みなのです。脳も肉体も、神さまの御手の中にあるのです。いくつになってもまだまだ強くなることを信じて、挑戦する日々です。

おひとりおひとりの人生の望みは、神にあるいつまでも続く終わりのない望みなのです。お祈りしています。高橋芳昭。

 

2019年1月17日 (木)

「尽きない泉」第1896号

「尽きない泉」1号2013//13

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                   黄色のバラ      

「尽きない泉」第1896号

聖書 神はどのような苦しみのときにも、私たちを慰めてくださいます。こうして、私たちも自分自身が神から受ける慰めによって、どのような苦しみの中にいる人をも慰めることができるのです。

コリントⅡ1章4節

どんな経験も、決して、無駄にならないのです。神さまは、それを益としてくださるし、解決の道を開いてくださるのです。必ず、その経験を通して強くなり、たくましくなるのです。

苦労のつらさを知っている人は、苦労の中にいる人の心のいたみが分かるので、心からの慰めの言葉を掛けることができるのです。

こうして、御霊により、心に注がれる神の愛により、次々となぐさめの連鎖反応の輪が広がるのです。

 人は、ほめられたり、励まされたりして、認められると元気が出てくるものです。互いにほめましょう。必ず、人には、良いところがあるものです。

神さまは、恵み深いお方であり、私たちを忍耐強く見守っていてくださるのです。愛による慰め励ましは、人の心を生かします。

 おひとりおひとりの上に、恵みと平安がありますように。高橋芳昭。

2019年1月16日 (水)

「尽きない泉」第1895号

「尽きない泉」1号2013//13

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            ばら

「尽きない泉」第1895号

聖書 見よ、わたしは新しい事をする。今、もう起ろうとしている。
イザヤ書43章19節。

神さまは、今までの繰り返しではなく、さらに一歩進んだ、人の思いを越えた御業を行いなさる大能の神さまなのです。 

同時に、今日の事、今のことが、たとい、難しくても、今すべきことに集中して、約束に誠実な神さまは、必ず道を開いてくださる事を信じ期待し祈り待ち望んでいます。

おひとりおひとりに人生の祝福を祈りつつ。高橋芳昭

2019年1月15日 (火)

「尽きない泉」第1894号

「尽きない泉」1号2013//13

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「尽きない泉」第1894号

聖書 この川が流れて行く所はどこでも、その子のむらがるあらゆる生物は生き、非常に多くの魚がいるようになる。この水が入ると、そこの水が良くなるからである。この川が入る所ではすべてのものは生きる。

 川の両岸には、あらゆる果樹が生長し、その葉は枯れず、実も絶えることがなく、毎月新しい実をつける。その水が新しい実をつける。その水が聖所から流れ出ているからである。旧約聖書 エゼキエル47章。

神の御名によって始まった業は、すべて、栄えるし、多くの実を結ぶのです。その行く先には、終りなく続く明るい希望が待っているのです。

主イエス様の御名によって祈り、神さまがいっしょにいてくださることを信じて始めた業は、尽きることなく湧く泉のように、実を結び続けてsわざになるのです。神さま第一、主イエス様中心に生きる人生は祝福を受けるのです。その祝福を神の栄光のために用いる時、さらにさらに祝福されるのです。

おひとりおひとりの今日一も恵みに満たされ、実り多き一日でありますようにお祈りします。高橋芳昭。

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