無料ブログはココログ

尽きない泉」1,942号

 

2019年6月16日 (日)

「尽きない泉」2019/6月16日 2010号

2013/4/13 「尽きない泉」第一号

Img_0599

さつきが満開です。

2019/6月16日 2010

聖書

私はどんな境遇にあっても満足することを学びました。私は貧しくあることも知っており、富むことも知っています。満ち足りることにも飢えることにも、富むことにも乏しいことにも、ありとあらゆる境遇に対処する秘訣を心得ています。私を強くしてくださる方によってどんなことでもできるのです。ピリピ41113節。

主イエス様を信じて生きる者たちには、どんな境遇に置かれても、その境遇の中で満ち足りた心で生きる秘訣を与えられているのです。人は一生の間には色々な事もあり、折々の環境の中を生きてゆくために、その状況をいかにして乗り越えるかの知恵が必要になるのです。その知恵をここでは、秘訣と言っています。今ある時間をどう生かすか、将来の可能性があったとしても、今の自分に出来ることをどう生かすかが現実的な生き方なのです。無いは無いなりに、工夫して現状を生かす秘訣を、主イエス様は私たちに与えてくださるのです。

そして、使徒パウロは、主イエス様によってどんなことでもできると、強い確信を告白しています。

この世の厳しい現実を生きるためには、強く雄々しく逞しくなければ、世に勝つことはできないのですが、主イエス様がともにいてくださるから大丈夫です。必ず、御約束のごとく多くの実を結び、そして、その実が残る生涯を全うし勝利の人生を送らせてくださるのです。

「尽きない泉」いのちの流れが、なお多くの人々を慰め、いやし、強めてくださり、神の栄光があらわされますようにお祈りしています。高橋芳昭。

2019年6月15日 (土)

「尽きない泉」2019/6月15日 2009号

2013/4/13 「尽きない泉」第一号

ご近所で見かけたばらです。

2019/6月15日 2008号  

聖書           

いつも主にあって喜びなさい。もう一度言います。喜びなさい。ピリピ44節。

主にあっての喜びを、言葉を重ねて強調しています。喜びとか、嬉しいとか、有り難いとか、良かったとか、美味しかったとかなど、喜びの気持ちや感情を言葉や態度や表情で表現するとき、その表現が、自分の脳をはじめ肉体全体に良い影響をあたえるようです。主に在って生きる私たちが喜んで自分の人生を生きることを神さまもお喜びなさるのです。

すべてのことにおいて、喜んで行動することは、心も満たされるし、その行動に、結果もついてくるのです。脳の働きにも良い影響を与えるようなのです。ですから、与えられた仕事や務めを、喜びをもって。進んで挑戦することで物事がプラスになるのです。素直に、喜びと感謝の心で日々過ごしたいです。

「尽きない泉」をお読みくださるお一人お一人の負う課題に神さまの確かな助けが与えられる様に心からお祈りしています。主に在って高橋芳昭。

 

2019年6月13日 (木)

2019/6月13日 2007号

2013/4/13 「尽きない泉」第一号

隣家のバラです。

2019/613日 2007

聖書

あなたがたは、心を騒がせてはなりません。神を信じ、またわたしを信じなさい。ヨハネ141節。

主イエス様の弟子たちへの大切な言葉です。

そして、このことは、人間の弱さと戦って生きる私たちにとって大事なことなのです。人は思い込みで物事を考えやすいのです。自分の小さな考えや経験による先入観にしばられて思い込んでしまうのです。

神さまのなさることは、すべてについて、私たちの思いをはるかに越えて豊かであり、満ち溢れたものなのです。主イエス様は、「神を信じ、また私を信じなさい」と言われました。

神さまの豊な備えを信じ、明るく元気で希望をもって可能性になお挑戦する人生を送ります。

「尽きない泉」をお読みくださるお一人お一人に、神さまの確かな助けと守りを信じ、お祈りしています。高橋芳昭。

 

しかし、このことは「目で見たことのないもの、耳で聞いたことのないもの、人の心に思い浮かんだことのないものを神を愛する者たちにそなえてくださった」とかいてあったとおりです。(イザヤ64章)

 

2019年6月12日 (水)

「尽きない泉」 6月12日(水)

2013//13 第2006号  

           

ケヤキ並木のはずれにあるけやきの古木

「尽きない泉」 6月12日(水)

聖書
しかし、私にとって、神のみそばにいることが幸いです。私は、神である主を私の避け所とし、あなたのすべての御業を語り告げげます。詩篇7328節。

人間の心の中の経験が、事実としてあるのです。このような幸せな気持ちや安らぎ、希望を知った自らの体験を作詞し、作曲したのが讃美歌なのです。讃美歌には、心底からの感動、喜び、安らぎがあればこそ、100200年前に作られた讃美歌であるのも関わらず、今も広く世界中で歌われ、いやされ、元気を与えられているのです。

人生のどんな困難にあっても心の奥底に、神さまがそばにいてくださることを確信できた時、人は、幸せを感じ、また、強く生きることができるのです。このような内面の経験は。人間にのみ与えられた特権なのです。そして、これが人間の本当の姿なのです。主イエスに在って生きる私たちには、目に見えるものの喜びに、このような心の奥底の喜びをともに与えられるのです。

主イエス様の弟子のひとりトマスは、心を込めて「私の主。私の神よ。」と彼の気持ちを告白しました。それからのトマスは、主イエス様とともに、喜びと希望と平安の人生を送ったことでしょう。

「尽きない泉」をお読みいただき、本当に感謝です。厳しい困難の中におられる方々のために心から、神さまの祝福と御守りをお祈りします。

             

高橋芳昭。

2019年6月11日 (火)

「尽きない泉」 6月11日(火)

2013//13 第2005号              

「尽きない泉」 6月11日(火)

美しい新緑八つ手です。

聖書
またイエスは言われた。神の国はこのようなものです。人が地に種を蒔くと、夜昼、寝たり起きたりしているうちに種は芽を出し育ちますが、どのようにそうなるのか、その人は知りません。地はひとりでに実をならせ、始めに苗。次に穂、次に多くの実が穂にできます。実が熟すると、すぐに鎌を入れます。収穫の時が来たからです。マルコ42629節。

人間の営みが、どのように騒がしくしていても、自然は、毎日、夜と昼を、何事もないように静かに繰り返しているのです。毎日の朝の時間が来ると太陽が昇り、夕方のなると太陽は顔を出すのです。その同じことの繰り返しが、平凡ではなく新鮮に感じるのは、神さまの御業だからです。人が寝ていても起きていても、自然は、新鮮な昼夜を繰り返しています。主イエス様は、農作物にたとえて教えておられるのです。

私たちは、朝が来たら、自分に、すでに与えられている上からの力、御霊の力に守られていることを信じて、元気に一日の活動をはじめ、夜が来たら、恵と愛の神さまにすべてをゆだね眠るのです。このようなことを黙々と、しかし、前向きな気持ちでくりかえしているといつの間にか、強くなり、成長し、実を結ぶのです。

種を蒔いたら、あとはその時を待っていると、いつの間にか育ち実がなる時が来るのです。主イエス様は、そのことを教えておらられるのです。今、猫のひたいほどの畑を耕し、野菜を育てています。楽しみです。土をよく耕し、水や肥料をやれば、いつの間にか育ち花を咲かせ、実が結ぶのですが、不慣れで、大丈夫かな!と案じたりもします。望み得ないとにもなお望みを抱いたアブラハムのように、見えるところによらず信仰をもって生きて行きたいのです。

人生そのものも同じです。黙々と歩いています。やはり、いつの間にか筋肉がつき、確かに強くなってます。多く蒔く者が、多く刈り取ることは、恵みの神さまのお約束です。感謝です。

「尽きない泉」を読んでいてくださるすべての方々が神さまに祝福を受け御守りと助けに支えられるようにお祈りしています。t高橋芳昭。

2019年6月10日 (月)

「尽きない泉」 6月10日(月)2004号

2013//13 第2004号   

「尽きない泉」 6月10日(月)

 

上諏訪益前の花やさんの店先です。

 

聖書
どうか父が、その栄光の豊かさに従い、御霊により、力をもって、あなたがたの内なる人を強くしてくださいますように。エペソ316節。

 二千年前に、主が約束された力と知恵と愛の御霊は、今日も信じる私たち一人一人の心を強くしてくださるのです。

五旬節(ペンテコステ)は、主イエスによる力と愛と恵みの福音が、信じるすべての人たちに与えられることが証明された記念すべき大切な日なのです。神さまが、ご計画くださった私たち人間の救いの一連の御業である主イエス様の誕生、そして、十字架と復活が、五旬節の出来事により、ついに成就、完成した喜びと感謝の日が五旬節なのです。 

「聖霊があなたがたの上に臨む時、力を受けます。」この主イエスのこの約束の御霊の力は、すでに、主イエスを信じる私たちのうちに与えられているのです。私たちが、どんなことでも、主イエスさの御名によってお祈りするとき、そのすべてについて神の御霊は働き助け、導いてくださるのです。

「尽きない泉」を読んでくださるすべての方々の上に、また、今も、厳しい試練の中におらえる方々に、御霊の慰めと助けがありますようにお祈りしています。高橋芳昭。

2019年6月 9日 (日)

「尽きない泉」 6月9日(日)

2013//13 第2003号 

Img_0501

このような石垣がいたるところにあります。

「尽きない泉」 6月9日(日)

主はわが巌(いわお)を、わが砦、わが救い主、身を避けるわが岩、わが神、わが盾、わが救いの角、わがやぐら。ほめたたえられる方、この主を呼び求めると私は敵から救われる。詩篇1813

 主イエスに在って生きている私たちの人生は、大きな岩の上に建てられた家のようなものです。砂の上に建てられた家は、台風が来れば、流されるが、岩の上に建てられた家は台風が来て強い風雨にさらされても、簡単には倒れないのです。また、人生の試練のおり、大きな岩穴に隠れれば、雨風をしのげます。

詩篇914節には、「主はご自分の羽でおおい、あなたは、その翼の下に身を避ける。」とあります。神さまは、折にかなったさまざまな方法で私たちを守り助けてくださるのです。行くのも帰るのも、歩むのも伏すのも見守ってくださるのです。簡単には攻め落とせない城の中に守られているようなものです。

 今、私は、長野県諏訪市に住んでいます。ここは、年輪を重ねた大木も多く、また、花が咲く木や草の種類も多く美しい街です。ウグイス、カッコウ、その他、名の知らぬ小鳥たちの鳴き声が早朝から夕方まで聞こえてきます。

そのような美しい街ですが、自然の石を積み重ねた石垣が非常に多いのには驚いています。そして、その石垣に支えられた家屋や学校などもあり、時には、見上げるような石垣の上に立つた建物もあるのです。

このような環境の中で、さらなる長寿を目指すことができることは、本当に感謝です。そして、長野県は、全国一の長寿県なのです。福音を伝えるために、何としてもさらに長生きしたいです。神さまは、必ず、その祈りに答えてくださることを信じています。

「尽きない泉」を読んでくださるお一人お一人に神さまの祝福が豊かであるように。また。病める方々、厳しい試練の中にある方々のために、神さまの助けを心からお祈りしています。

高橋芳昭。

2019年6月 8日 (土)

第2002号  「尽きない泉」 6月6日(土)

2013//13 

第2002号  「尽きない泉」 6月6日(土)

諏訪湖 湖岸に置かれた大きな岩の彫刻です。

聖書

わたしが来たのは、羊たちが命を得るため、それも豊かに得るためです。私はよい羊飼いです。よい羊飼いは羊のためにいのちを捨てます。ヨハネ101011節。                                                                             

御子イエスを信じる者に与えられる永遠のいのちは、人の心を生かし元気にし、心を不必要に束縛しているものから解放し自由を与え、その生き方は、決して、可能性をどこまでも信じる前向きな生き方になるのです。

そして、そこにとどまることなく、さらに、その永遠の命をさらに豊かに与えてくださるのです。すべてのことにおいて溢れるばかり満ち足りて、すべての良いわざにあふれるようになるのです。主イエス様は、いのちを与え、そして、さらに豊かに与えてくださると約束してくださいました。

信じた私たちは、そのお約束を信じて、さ、さらに、豊かないのちを求め前向きに生きる者を主イエス様は認めてくださって、すべての面で、あふれる豊かさをもって祝福してくださることを信じて生きています。

そのような祝福がお一人お一人の上に注がれることを信じお祈りしています。高橋芳昭。

2019年6月 7日 (金)

第2001号「尽きない泉」 6月5日(金)

2013//13 

第2001号「尽きない泉」 6月5日(金)

Img_0444

群れから離れ草を食む一匹の羊(石像)

聖書
イエスは、彼らをじっと見つめて言われた。「それは人にはできないことですが、神にはどんなことでもできます。マタイ20章26節。

イエスさまは、弟子たちをじっと見つめて彼らの質問に答えたのです。イエス様は。静かに、間をおいて、温かく包むように答えられました。弟子たちは、主の大きく広い優しい愛を感じたことでしょう。しかし、言われたことは、実に、力強い言葉でした。「神にはどんなことでもできます。」

今日から、初心に帰って新たな気持ちで早朝、祈り待ち望む中で、この言葉が、心に響いてきました。お腹の底から力が湧いてきました。自分の力は弱く小さいのですが、上よりの力に満たされ、強くたくましく、神の全能を信じて、あらゆることに可能性を信じ、静かであっても、喜びと感謝に満たされ、先ずは、3000号を目指し、共に歩んでくださる主イエス様とともに、元気で書き続けます。高橋芳昭。

2019年6月 6日 (木)

「尽きない泉」 6月5日 2000号

2013//13 第1号

諏訪湖湖岸で見かけた噴水。

 

「尽きない泉」 6月5日 2000号(木)

聖書
しかし、聖霊があなたがたの上に臨む時、力を受けます。そして、エルサレム、ユダヤとサマリの全土、さらに地の果てまで、わたしの証人となります。使徒の働き18節。

 イエス様は、復活後40日間、復活されたイエス様は、多くのことを弟子たちに語られました。そして、この非常に大事な言葉をのこされ、天に昇られたのです。

しかし、主イエス様は、目には見えませんが、御霊によって、今も確かに、私たちとともにいてくださるのです。そして、その大能の御力をもって助け、導いてくださり、時には、私たちの思いを越えた不思議を行ってくださるのです。 今日で「尽きない泉」通算2000号になります。一つの通過点ではありますが、私にとっては、感慨深い大事な感謝の日なのです。

神さまに感謝は、勿論ですが、「尽きない泉」を読んでくださる方々への感謝も忘れません。有難うございました。

 いくつかの厳しい試練を乗り越えてこの日まで書き続けてこられたのは、「主イエス様の恵みの福音」の証しすることを生涯かけての尊い使命としてきたからと思っています。今日は、私にとって喜びと感謝と賛美の日です。

 主イエス様は、「地の果てまで、わたしの証人となります。」と約束してくださいました。6年で2000号、あと3年で3000号、そして、6年で4000号になります。千里の道も一歩から!一日一日を大事につき重ねれば不可能でないと信じています。何としても、元気で長生きしたいのです。100才まであと10年!継続は力!継続することが、力を生んでさらに継続できるのです。

高橋芳昭。

 

 

«「尽きない泉」通算1999号