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2018年8月の投稿

2018年8月30日 (木)

「尽きない泉」再開11号

今日は、週に一度の温泉付きリハビリ施設に送迎で行ってきました。体力、記憶力回復を皿のお願っています。行動範囲がもっと広がることを願っています。

聖書
主はあなたを守る方 まどろむこともなく、眠ることもない。主はあなたを守る方 あなたをおおう陰 あなたの右にいます方 詩篇121篇4~5節

信頼している人が、元気でいてくれるだけで、心は休まる。心が休まれば元気が出て来る。特別に何かをしてもらわなくても 心に寄り添っていてくれるだけで元気が出るのです。遠く離れていて声を聞くだけでも心が休まるのです。

主イエス様は、いつもいっしょにいてくださるのです。そばにいてくださる主イエス様を忘れたり、遠く離れておられるような気持ちになったりするのは人間の弱さなのである。

人と人との間では、主イエスの十字架による罪のゆるしが必要なのであります。裁きあうことはおろかなのです。互いに傷つけあってプラスなことは何一つありません。

主イエス様は私たちを赦してくださったように、私たちもゆるしと寛容な心で愛をもって互いに接するべきなのです。

私は、自分の存在が周囲に安らかさと喜び、明るさをただよわせる者にさせていただけるように祈りつつ心掛けています。たとえ歩みは遅くとも・・。

皆様方のために、心より心より祝福を日々お祈りしています。健康、家庭。事業、その他生活のすべてついて・・。

画像に含まれている可能性があるもの:植物、花、屋外、自然

2018年8月25日 (土)

「尽きない泉」再開10号

「そして毎日、心を一つにして宮に集まり、いえでパンをさき、喜びと真心をもって食事を共にし、神を賛美し、すべての民に好意を持たれた。主も毎日救われる人々を仲間に加えてくださった。加えてくださった。使徒の働き2章46節

約束の言葉を信じ祈り待ち望んだ人たちは、上よりの力を与えられ、心を一つして喜び生活を共にし共同体を形成したらしい。しかし、そぞれの個性を持った人たちが心を一つにするには、互いに欠点を指摘しさばきあっては、一致できない。そこに日々主イエスの十字架を仰ぐ謙虚な、誠実な信仰と祈りとゆるす心がなければ、一致はない。何事も、思っているだけでは苦しみはない。しかしいざ、行動を起こす時、事は起きるのである。その煩わしく思う面倒なことをあえて実践するのが、信仰に生きるという事なのです。目標を持つことは簡単でも、苦しみを忍耐強く乗り越えてこそ、つまり、自分い出来ることを忍耐強く実践するのである。踏み出すと力が湧いてくる。「尽きない泉」を経験するのです。

http://www.季節の花300

2018年8月23日 (木)

「尽きない泉」再開9号

みなイエスをほめ、その口から出て来るめぐみの言葉に驚いた。新約聖書ルカの福音書4章22節。

主イエスの語る言葉が聞く人々の心に届き、その心を温め感動を与え、いのちを与える大きな影響力を持っていたのである。思うに、主イエスに在って生きる私自身の存在が、人々の心を明るくし、落ち着き、安らぎそして喜びと力を与える存在でありたいのです。主イエスが私の心の内にいまし「尽きない泉」となってつねに湧き続けて、いれば、それは可能なはづなのです。もっともっと堅く主イエスさまに信頼して目を離さず生きて行けるように祈り心掛けている。弱さに揺さぶられながらも・・。
心から神の祝福を祈りつつ・・。

2018年8月21日 (火)

「尽きない泉」再開8号

しかし私にとっては、神の近くにいることが、しあわせなのです。私は、神なる主を私の避け所とし、あなたのすべてのみわざを語り告げましょう。詩篇73篇28節。

神と共にいることが喜びと書いてある。心強さ、安心だけでないのである。ともにいる喜び・・これこそ、人の心を満たし充実感をもたらす最高の経験なのある。人には、様々な喜びがあるが、その喜びを支える土台である。賛美歌に、わが喜び、わが望みわがいのちの君 昼たたえ夜歌いて なお足らぬ思う・・とある通り、主イエスに在って生きる者には、世のものでない喜びがあるのす。世の嵐にもまれ、喜びをを失ったかに思える時も、心を静め祈るとき、神の御霊は私たちの心に神の愛を注いでくださって慰めてくださるのである。そこに、主に在る者の生きる原動力として神が下さったのである。主に在る者の強さの秘訣でなのである。
お一人お一人の上に神の祝福を祈ります。

2018年8月17日 (金)

「尽きない泉」再開7号

ヤベツの祈り  ヤベツはイスラエルの神に呼ばわって言った。「私を大いに祝福し、その地境をひろげてくださいますように。御手が私とともにあり、わざわいから遠ざけて私が苦しむことのないようにしてくださいますようにしてくださいますように。」そこで神は彼の願ったことをかなえられた。旧約聖書歴代誌Ⅱ4章10節

二日ほど前の夜半2時過ぎ目覚め、神様にすべてを委ねつつ思いを集中し祈っていた時、ふとヤベツという言葉が心に浮かんだのです。急いで、メモにヤベツと書いた。翌日、書棚にあった本を一気に再読した。昨今、神さまをあまりにも小さく思っていた自分を猛省し、神さまをもっともっと大いなるお方である事を信じ、その信仰に具体的に生きる生き方を実行し始めていた私を神さまは励まして下さったと受け止めて、さっそく実行し始め、私の祈りとランク上げし、同時に教会でそのことを言葉をもって証したのです。同時に、すべての面でさらに前向きな行動をとるよう実行し始めています。聖書の信仰は、どこまでも可能性思考、終りのない可能性思考なのです。そのために、体力の向上も不可欠なのです。すでに、温泉設備のあるリハビリ施設と週一の契約で送迎をしていただいています。
近況報告です。一部前号とダブっています。ナンバーの数字の不正確をおゆるし下さい。
お一人お一人の幸せと祝福を祈りつつ。

2018年8月15日 (水)

ブログ「尽きない泉」再開5号

「私たちは、救われる人々の中でも、滅びる人々の中でも、神の前にかぐわしいキリストの香りなのです。」新約聖書コリント人への手紙第二2章15節。

私は、今、信州、長野県諏訪市上諏訪で生活していますが、その住居の周りに,ミント系のハーブが植えられていて、良い香りが周りにただよっています。その様に、キリストにあって生きる私自身の存在が、人の心をいやし、温めるイエス・キリストの香りで人々の心をいやす役割を果たせたら嬉しいのです。それは、神さまの喜びなさることであり、豊かな人生を送るカギだと信じています。読んでくださるお一人お一人の上に主の祝福が豊かに注がれますように祈りつつ。高橋芳昭

2018年8月14日 (火)

「尽きない泉」再開5号

ずっと変わらないことを毎朝していいる。それは、「信望愛」である。神さまへの全幅的な強い信頼を聖書の言葉を土台にして先ず確認するために、上よりの力が与えられるために、心を静め神よりの力が注がれるために忍耐強く待ち望んでいると静かに力が与えられるのである。祈りは、神との対話なので、その時間は、心を満たされる時間である。今、このような思索の時間も心が満たされる。このような経験は、人それぞれの立場での違いがあり、自分なりの方法で良いと考えています。いずれにせよ、神さまは必ず、祈りに答えてくださるのです。祈ったことは必ず、聞かれているのです。祈りは、天に届いているのです。私たちの生涯は、神の栄光のためであることを堅く信じて生きて行きましょう。心の描くイメージが将来を決めます。神さまは、私たちを通じて栄光を必ず現わしなさるのです。アーメン。

写真の掲載はもう少し待ってください。

2018年8月13日 (月)

「尽きない泉」再開4号

ご無沙汰しました。8月も今日は13日です。今年の夏は、諏訪であっても例外でなく、暑い日が続いていましたが、少し、気温は下がってきました。31度cでの失神そして蘇生以降ひたすら記憶を取戻すために、前向きに取り組んでまいりました。昨今、神さまの御力を自分の狭い考えで制限してしていたことに気づきもっともっとスケールの大きい神さまを意識して大胆にビジョンをもって祈りの目標を公私ともに思い切ってランクを上げ、スケールの大きい目標を掲げ、この事について先日も教会で大胆な証をし、大いに共鳴を得ました。信じ続けます。

12日には、礼拝で30分ほどの時間を与えられて証をし良い時を持ちました。アーメン・ハレルヤ。写真掲載はもう少しまってください。
高橋芳昭

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