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2018年10月の投稿

2018年10月31日 (水)

再開「尽きない泉」第56号

「尽きない泉」第1号2013//13

再開「尽きない泉」第55号

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 いつものウォーキングコースの道路わきの鈴なりの渋柿

聖書 ですから、あなたがたは、神の力強い御手の下にへりくだりなさい。神がちょうど良い時に、あなたがたを高くしてくださるのです。あなたがたの思い煩いをいっさい神にゆだねなさい。神があなたがたのことを心配してくださるのです。ペテロ第一5章6~7節。

自分のいのちの誕生は、自分の意志や考えによるのではありません。このこと重く考えるべきです。いのちの尊厳さをいつも、忘れてはならないのです。いのちは、神さまから預かったのです。私たち、すべての人が神さまによって作られた尊く尊厳ある一人一人なのですから、誰も、低く考えたり、卑下したりしてはならないのです。

人間は、人間に力の限界があり、神をおそれかしこむ心:を忘れると人間は、道を外したり、道を見失ったり、自分を見失い、自信をなくすのです。生きているのではなく、神からいのちを与えられ、生かされているのです。

聖書 主の前にへりくだりなさい。そうすれば、主があなたがたを高くしてくださいます。ヤコブ4章10節。

 今日も、主イエスに在って心さわがさず、おそれず、動ずることなく、健康で、与えられた務めを果たし、多くの実を結ぶ一日でありますようにお祈りしています。 

2018年10月30日 (火)

再開「尽きない泉」第54号

「尽きない泉」第1号2013//13

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 高島小学校の紅葉。諏訪はいたるところに紅葉の風景です。今日写しました。

再開「尽きない泉」第54号

別な種は良い地に落ちて、あるものは百倍、あるものは60倍、あるものは30倍の実を結んだ。耳あるものは聞きなさい。マタイ13章8節。

人生はすべて、その人の心の持ち方で、結果が違ってくるのです。

 主イエスさまを信じ、へりくだった心と忠実さを忘れず、耕し続け、働き続けていると必ず、多くの収穫を得るのです。

主イエスと共に生きる私たちは、多くの結実と人間的成長、信仰的飛躍がなされるように、絶えず祈り、切に祈り、主イエスを見上げつつ生きて行くならば、実り多き、明るい明日が、必ず、開けるのです。

 お一人、お一人の人生が、そのお言葉の約束のように実り多きものとなりますようにお祈りしています。

再開「尽きない泉」第54号

「尽きない泉」第1号2013//13

再開「尽きない泉」第54号


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   霧ヶ峰 蓼の海お幻想的な写真です。

 

聖書 私たちは勇気を失いません。たとい、私たちの外なる人は衰えても、内なる人は日々新たにされています。コリントⅡ4章16節。

 主イエスさまに在って生きることをゆるされている私たちは、目に見える外見の様子が衰えたり、加齢により、弱くなったりしても、私たちの内なる人、心、たましい、つまり、心、思いなどが日々新しくなって生きて行くことができることは、本当に感謝です。主イエスは、いつも、ともにいてくださり、心のうちにいてくださって、泉のごとく尽きることなく湧き出るいのちの水にやって元気になれることは本当に感謝なのです。

 今朝も朝早く祈りの時を持ち、その後、気温の低い中、外を少し歩いた。体力維持のための最善を尽くし、あとは、主イエスさまの御手にゆだね、おだやかな気持ちで歩き、お祈りしながら、長い坂を下り、また上って来たのです。主イエスの十字架と復活を知ることをゆるされていることを心から感謝しています。

 今日も、お一人お一人のこの日の活動が実り豊かでありますようにお祈りしています。

2018年10月27日 (土)

再開「尽きない泉」第53号

「尽きない泉」第1号2013//13

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         霧ヶ峰へ行く途中の泉湖の水面に映える美しい紅葉。

再開「尽きない泉」第53号

今日の話題 「神の恵みによって生かされていることを忘れず謙虚に生きていたい。(自分で」生きているのではなく、(神に)生かされているのです。」


聖書 

すると、ペテロは、「金銀は私にはない。しかし、私にあるものを上げよう。ナザレのイエス・キリストによって歩きなさい。」と言って、彼の右手を取って立たせた。するとたちまち、彼の足とくるぶしは強くなり、おどり上がってまっすぐに立ち、歩きだした。使徒の働き3章6~7節

 金銀だけでなく、すべてについて、無に等しい、取るに足りない者を神さまは、選び、用いてみ業を行い、栄光を現わしなさるのです。自らが栄光を現わす者であったとしても、それは、神の恵み以外の何ものでもないことをペテロはよく弁えていたのです。

そのような自分である事を忘れず、つねに、へりくだりの心で生きているものを通して神さまは栄光を現わしなさるのです。

神の恵みによって生かされていることを忘れなかったペテロのありのままの告白、言葉だったのです。

間もなく90才になろうとしている今、課題は多くても、生きていること自体を感謝しつつすべてに希望を抱き可能性を終わりまで信じ生きていたい。

主の御前でへりくだりなさい。そうすれば、主があなたがたを高くしてくださいます。ヤコブ4章10節。

 

お一人お一人を神さまが用いて栄光を現わしてくださるようお祈りしています。

2018年10月26日 (金)

再開「尽きない泉」第52号

「尽きない泉」第1号2013//13


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       つるバラ エデンローズ          

今日の話題
 「いつまでも健康で長生きして、主イエスさまを伝えたい。」

 聖書 ですから、私たちは勇気を失いません。たち私たちの外なる人は衰えても内なる人は日々新たにされています。コリントⅡ4章16節

肉体は、年が加わると共に、体力も衰えるし、記憶力も低下するのを避けられない私たちですが、内なるいのちは、日々主イエスさまにより新しくされるので、元気でいられるのです。

イザヤ書40章にあるように、祈って、主を待ち望む者に新しい力を与えて下さるのです。

このブログも、信じる者の心の奥から尽きることなく日々新しく湧いてくるいのちを力にして書き続けているのです。

もっともっと、加齢に負けず、元気で長生きして、主イエスさまを伝えたい。

 今日も、主イエスさまが、お一人お一人と共にいて、栄光に満ちた実の多き一日でありますようにお祈りしています。

2018年10月25日 (木)

再開「尽きない泉」第51号

「尽きない泉」第1号2013//13

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            サルビア

試練に耐える人は幸いです。耐え抜いて良しと認められる人は、神を愛する人に約束された、いのちの冠を受けるからです。ヤコブ1章12節

 今日の話題 「神が与えなさる試練は、決して無駄にならないとの信仰的前向き姿勢で挑戦する時、人は、強くなり、かしこくなる。」

神さまは、私たちが耐えられないような試練に会わせることはなさいません。時には、試練とともに、それに耐えられるように脱出の道を備えてくださるのです。

お祈りにより力を与えられ、必ず、乗り越えられることを確信し、恐れず、騒がず、心を強くし雄々しく平常心で事に臨むべきです。ヨシュアへの神の言葉のように、おののかず、前向きな気持ちで困難に向かってその昔、神の民たちが、ヨルダン川を渡ったように前進すると道は開かれるのです。信仰が弱り気持ちで負けると困難がより大きく見えるのです。

主イエスさまは、嵐になっても動ぜず、平常心でいつもの心の安らかさを失わず、舟の中で眠っておられたのです。

 本当の平安は、困難の中でも失わなれない平安なのです。信じる者に、この平安が与えられるのです。主イエスを信じる者の心に渇くことなく湧き続けるいのちの泉、「尽きない泉」が、試練に耐える力となって支えてくださるのです。

 

お一人お一人の今日一日が、神の祝福の下、栄光と勝利の一日でありますように祈っています。

2018年10月24日 (水)

再開「尽きない泉」第50号

「尽きない泉」第1号2013//13

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 坂道をさらに短い時間でそ上るための100段以上ある長い階段です。諏訪ならではの階段。

聖書 そこで、イエスはパンを取り、感謝をささげてから、座っている人々に分けてやられた。また、小さい魚も同じようにして、彼らにほしいだけ分けてやられた。そして、彼らが十分に食べたとき、弟子たちに言われた。余ったパンきれを、一つも無駄に捨てないように集めなさい。ヨハネ6章11~12節。

 主イエス様は、先ず、感謝されました。聖書にも、すべてのことについて感謝するように書かれています。感謝、喜びは、人の心を明るくしまうs。明るい心を持つことは、自分の体のためにも良いことですし、まわりの人の心も明るくするのです。人の内臓の働き、脳の働きを良くするのです。主イエス様の福音は、喜びのおとずれです。

主イエス様を信じた時、心に平和が訪れるのです。その主イエスさまの生きた平安が、自分の全身に行き渡り、細胞の一つ一つをいやし整えてくださるように祈るべきです。食材のための配慮とともに、それを消化吸収する自分の臓器のためにも祈るべきなのです。

 主イエス様は、群衆が食べたいだけ十分に食べさせ、食べ終わるのを見とどけ余ったパンきれを一つも無駄に捨てないように集めなさいと言われたのです。

主イエスさまは、何事について、たとい少々であって軽んじることなく大切にされたのです。

そのようなお考えを持っておられる主イエス様が私たちといっしょにいてくださって、私たちの知恵となり、力となって、人生をすべてにつき無駄がなく、益あるものにしてくださることは、本当に感謝です。

 

主イエスさまが、お一人お一人と共にいてくださって、その人生が、栄あるものとなりますようにお祈りしていま

2018年10月23日 (火)

再開「尽きない泉」49号

「尽きない泉」第1号2013//13

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          信州の紅葉は早い・・。
 

      再開「尽きない泉」第49号

今日の話題 「恥も外聞もなく、なりふり構わず、見栄も捨て、祈り行動する熱意を盲目のバルテマイから学ぶ。」 今日は、聖書の言葉そのものが、今日の本文です。繰り返し読み、味わいつつ読んでください。


聖書 彼らはエリコに来た。イエスが、弟子たちや多くの群集とエリコを出られると、テマイの子バルテマイという物乞いが、道ばたに座っていた。

ところが、ナザレのイエスだと聞くと「ダビデの子イエスさま。私をあわれんでください。」と叫び始めた。

そこで彼を黙らせようと大ぜいでたしなめたが、彼はますます「ダビデの子よ「私をあわれんでください」と叫び立てた。するとイエスは立ち止まって「あの人を呼んできなさい」と言った。そこで、彼らはその盲人を呼び、心配しなくてよい。

さあ、立ちなさい。あなたをお呼びになっていると言った。

すると盲人は上着を脱ぎ捨て、すぐ立ち上がって、イエスのところに来た。

そこでイエスはさらにこう言われた。「私に何をしてほしいのか。」

すると、盲人は言った。「先生。目が見えるようになることです。」するとイエスは、彼にいわれた。「あなたの信仰があなたを救ったのです。」

するとすぐさま彼は見えるようになり、イエスの行かれるところについて行った。マルコ10章

   *****      *****

盲目のバルテマイが救われた出来事が目に浮かぶように、細かく記されているこの記事を何べんも読みました。ここでは出来事を一、二行で済まさず、長々と書かれています。

なりふり構わず、見栄も外聞もなく、誰がどう見ようが、何と思われようが、バルテマイは、いやされたかったのです。救われたかったのです。目だけでなく、彼は、心も救われ、変えられ、彼の人生は大きく変わり、イエスに従いイエスのそばで生きる人になったのです。 

主エスさまは、今日も私たち一人一人といっしょにいてくださって充実した素晴らしい一日になるようにお祈りしています。バルテマイのように・・・。

  *****     *****

 

2018年10月22日 (月)

再開「尽きない泉」第49号

「尽きない泉」第1号2013//13

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           イチョウ並木の秋の風情

今日の話題 「熱心な祈りによるあきらめない行動が、人を動かし、物を動かし、物を生む。」

聖書 あくまで頼み続けるなら、そのためには起き上がって、必要な物を与えるでしょう。わたしはあなたがたに言います。求めなさい。そうすれば与えらえます。捜しなさい。そうすれば見つかります。たたきなさい。開かれます。求める者は受け、探す者は見つけ出し、たたく者は開かれます。ルカ11章8~11節。

やはり、その熱心に神さまは動き働いてくださり、その熱意に人も動かされのです。真剣な真心が人の心を動かすのです。信じていればこそ、必ず、実現するとの確信が、人も動かされ、神さまは、み業を行ってくださるのです。

神のみことばの約束を信じる時、神様から力を与えられ、元気が出て祈りに励むのです。そうすると、力が湧いてきて、お祈りに力が入るのです。かくして、祈りの連鎖反応が起き、そして、かぎりなくその良い連鎖が起きるのです。持てる者は、ますます与えられ、さらに豊かになるのです。絶えず祈りましょう。

お一人お一人への神さまの祝福をこころからいのりつつ・・。

]再開「尽きない泉」第48号

「尽きない泉」第1号2013//13

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         10月21日 礼拝に出かける前

 

今日の話題 「熱心な祈りによるあきらめず信じての行動が、神を動かし、人を動かし、物を動かし、物を生む。」

聖書

あくまで頼み続けるなら、そのためには起き上がって、必要な物を与えるでしょう。わたしはあなたがたに言います。求めなさい。そうすれば与えらえます。捜しなさい。そうすれば見つかります。たたきなさい。開かれます。求める者は受け、探す者は見つけ出し、たたく者は開かれます。ルカ11章8~11節。

やはり、熱意に神さまは答えてくださり、人も動かされのです。真剣な真心が人の心を動かすのです。信じていればこそ、必ず、実現する事への確信が、人を動かし、神さまに届き、神さまは、み業を行ってくださるのです。

神のみことばの約束を信じる時、神様から力を与えられ、元気が出て祈りに励むのです。そうすると、力が湧いてきて、お祈りに力が入るのです。かくして、祈りの連鎖反応が起き、そして、かぎりなくその良い連鎖が起きるのです。持てる者は、ますます与えられ、さらに豊かになるのです。絶えず祈りましょう。

お一人お一人への神さまの祝福をこころからいのりつつ・・。

 

2018年10月21日 (日)

再開「尽きない泉」44号

「尽きない泉」第1号2013//13

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今は、暖冬で全面結氷しませんが、かつての諏訪湖は30センチ余で、リンクも出来、氷上スキーが
盛んでした。

聖書 ですから、私たちは、あわれみを受け、また恵みをいただいて、おりにかなった助けを受けるために、大胆い恵みのみ座に近づこうではありませんか。へブル4章16節

 主イエスに在る者に与えられる神さまからの力は、あらゆる状況に幅広く対応できる力であり、エネルギーなのです。人生の出来事は、しばしば、思いもしなかった想定外の事が起きて私たちを驚かせるのです。

しかし、主イエス様が私たちに与えて下さる力は、これもまた、思いもしない想定外の新しい力と知恵なのです。

私たちの祈りに答えて、神さまは、ちょうど良い時に、私たちの必要に応じて助けを与えて下さるのです。「神さまのなさることは、時にかなって美しい」のです。

問題の解決の時と方法については、すべてをゆだね、信じて待ち望むのです。

 勝利の人生を、大いに明るく期待し、すべてに、可能性思考で、必ずできると信じて生きて行きましょう。

お一人お一人の今日一日の働きが報いられ多くの実りがありますようにお祈りしています。

 

2018年10月20日 (土)

再開「尽きない泉」第46号

「尽きない泉」第1号2013//13

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諏訪の至るところに、石垣と坂道があり、おもむきがあり好きです。運動に最適です。

聖書

その方は、真理の御霊です。あなたがたはその方を知っています。その方はあなたがたとともに住み、あなたがたのうちにおられるからです。世はその方を見もせず、知りもしないからです。しかし、あなたがたは、わたしを知っています。その方はあなたがたとともに住み、あなたがたのうちにおられるからです。わたしはあなたがたを捨てて孤児にしません。ヨハネ14章17~18節ヨハネ14章17~18節

 主イエス様は、誰であっても、一人一人と、友として味方として、いつでも、どこでもいっしょにいてくださるのです。

神の御霊が、その素晴らしい事実を、私たちに知らせてくださるのです。人生のどんな時もどんな所でも、一人ぽっちには決してならないのです。そして、私たちの心は平安に満たされ、確信に満たされ、心は冷静に、しかし、熱く燃えているのです。

ですから、主イエスをしたい求める心も湧いてくるのです。心の中に主イエス様は「尽きない泉」となってくださり、人生の荒波に負けず、神さまの祝福の下、実りある勝利の人生を送らせていただけるのです。ただただ、神の栄光のために・・。

今日も、実り豊かな生活と活動の一日である事を信じ感謝します。

2018年10月19日 (金)

再開「尽きない泉」第45号

「尽きない泉」第1号2013//13

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  今私がリハビリ施設で使っている体力増強のために使う多くのトレーニングマシンのごく一部です。
 

聖書
しかし、わたしが与える水を飲む者はだれでも、決して渇くことがありません。わたしが与える水は、その人のうちで泉となり、永遠のいのちの水が湧き出ます。ヨハネ4章14節。

神さまを信じる心になる前までは、断言とか、絶対とか、決してとか、また、いつまでも、終りがない、無限、永久、永遠については、よく分からず、懐疑のベールに包まれているのです。ですから、神を信じない人が多いのです。いや、そんなことあるわけがないと思っているので、信じたくても信じられないのです。始めは私もその一人だったのです。

もう駄目!とか、もう希望がない、絶望!は、無くなったのです。すべてについて、終わりのない永遠に続くプラス思考、前向きな考え方で生きるようになるのです。

それは、少々困難を感じても、きっと出来ると信じて、挑戦する生き方であり、そのプラス思考が、実り豊かな人生を生むのです。そもそも、信じるということは、プラス思考なのです。マイナス思考では結果は出ないのです。

そして、そのような生きる力限りなく湧く泉が、主イエスの渇くことなく尽きることなく湧き続ける「尽きない泉」なのです。

今日も一日前向きな明るい気持ちで生活し仕事が出来、神さまの豊かな祝福のもと元気でお過ごしください。

2018年10月18日 (木)

再開「尽きない泉」第44号

      [尽きない泉」第1号2013//13

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          諏訪は、街路樹の紅葉し始めています。

聖書
ところが、イエスだけは、ともの方で、枕をして眠っておられた。マルコ4章38節。

嵐の中でもイエスは、眠っておられたのです。主イエスの平安は、どんな環境でも変わらないものだったのです。人生の荒波に、しばしばもまれることがあっても、主イエスにある平安は動ぜず変わらないのです。主イエスの平安が変わらないだけでなく、主イエスの私たちへの愛も変わらないのです。永遠の愛、あふれるばかりの愛、離れず、見捨てない愛なのです。

常に、父なる神とともに、いっしょにおられた主イエス様は、動じない平安の満たされていたのです。主イエスの平安は、動じない、恐れない平安なのです。

更に、話を広げれば、心が落ち着き、余裕があると感謝したり、ほほえみ、笑顔になるのです。さらに言えば、すべてのことについて、プラス思考になれるのです。少々困難を感じても、きっと出来ると信じて、気持ちを明るく持って生きるのです。実り豊かな人生は。プラス思考から生まれるのです。聖書は、プラス思考です。そもそも、信じるというとは、プラス思考なのです。

豊かな好奇心、心を躍らせる感動、喜ぶなどの情感豊かな人柄が、実り豊かな人生に導くのです。勿論、人間には、考える力を与えられているので、知識への好奇心も大事です。可能性思考と、前向きな好奇心は一体です。

今日も一日前向きな明るい気持ちで生活し仕事が出来、神さまの豊かな祝福のもと元気でお過ごしください。神のみ守りをお祈りしています。

2018年10月17日 (水)

再開「尽きない泉」第43号

[尽きない泉」第1号2013//13

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       諏訪湖湖岸に置かれている羊に群れを見守る羊飼いです。

聖書
あなたがたがたの間で偉くなりたいと思う者は、みなに仕える者になりなさい。あなたがたの間で人の先に立ちたいと思う者は、あなたがたのしもべになりなさい。マタイ20章26節

 この言葉は、今いる立場が管理者としてまとめ役にある人、これからなりたい人にとって大切な教訓なのです。社会的立場が上になればなるほど、他に仕え、尽くす心が必要なのです。他人への心に届く細かい気遣いの出来る人でなければ、信頼を得ることができないのです。

自分を無にすればこそ、人の上に立って、足元をしっかり固めつつ、全体を見回し、大きな仕事が出来るのです。

 福音を宣べ伝える者も、同様なのです。上から目線では、人は離れて行くのです。

主イエス様は、権威と共に、謙虚で恵みに満ちた言葉で語ったのです。人々を優しく思いやる仕える心で、語ったのです。そして、人々が集まり、聞き入ったのです。

 上に立つ人は、時は先頭に立ち、時には、人にまかせ、時には、ほめたりすることも大事です。そうすれば、人はついて来るし、また、大事な戦力として育つのです。何もかも自分でしないと気が済まないでは、人を育てることができないのです。

主イエス様は、牧者、指導する者、上に立つ責任ある仕事をする者がどうあるべきか、どうあったらその責任を果たし方の模範を、私たちに示してくださったのです。

私たちについていてくださる神さまは、正にあがめられるべきお方なのです。アーメン。

 今日もお一人お一人と神さまがいっしょにいてくださって良い日としてくださいますようにお祈りしています。

 

2018年10月14日 (日)

再開「尽きない泉」第42号

     「尽きない泉」第1号2013/4/13

聖書 見よ、わたしは、世の終わりまで、いつも、あなたがたといっしょにいます。マタイ28章20節。

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           ばら  友禅

 

この主イエスのお言葉に、主イエスの福音の意味、真髄が含まれているのです。

毎日、先ず、主イエス様をしっかり見上げ、今日も、これからも、ずっと、いつまでも、いっしょにいてくださる主イエス様を信じるのです。

そして、そこに、本当の平安、喜び、希望、愛があるのです。日々新しい主イエス様を新しい気持ちで確かめ、昨日の気持ちの延長の自分ではなく、時間と共に自分の体は古くなってゆくのですが、気持ちは、主イエスさまに在って新しくされることは、主イエスに在って生きる者の特権なのです。

そして、明るく楽しい気持ちで一日を始めることができることは、本当に感謝です。人生には、大切な楽しみが色々あり、人生を豊かになるのですが、私たちには、それらの、根元に、この主イエスに在る喜び、楽しみがある事は、本当に感謝です。

 こういうことが知識として、分かっただけでなく、主イエス様は、実行できる力を与えて下さるのです。主イエス様を、知識として知るとともに、主イエス様ご自身を知ることが、キリスト教なのです。

 あなたのみ前には喜びが満ち、あなたの右には、楽しみがとこしえにあります。詩篇16篇11節。

2018年10月13日 (土)

再開「尽きない泉」第41号

  「尽きない泉」第一号 2013/4/13

聖書 愛する者よ。あなたが、たましいに幸いを得ているようにすべての点でも幸いを得、また健康であるように祈ります。ヨハネの手紙第三 二節

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           諏訪市 歴史的建造物 高島城

 

今日の話は、他の人のために神さまの祝福をお祈りする事です。

使徒ヨハネは、キリストにあって愛を込めて、キリストにある友人の幸せを願ってお祈りしているのです。

私たちも名前を挙げ、実情を案じて、家族、友人、知人のために、幸せであるように祝福を祈ることを心掛けることは、とても大事なことなのです。
自分のことだけなく、自分のまわりの人々をいつも心に掛け気づかう愛の優しさは、神さまに喜ばれるのです。人をそれとなしに人を気づかう自然なふるまいは、その人柄となってにじみ出て存在感のある人になるのです。そういう人がいると安心感がただよい、心が落ち着くのです。

聖書 ヨブは、友人たちのために祈ったとき、ヨブの繁栄を元どおりにされた。主はヨブの所有物もすべて二倍に増された。ヨブ記42章10節。

教会のため、その働きのため、牧師のため、教会員のため、病める方々、心に痛みのある方々、主イエスを求めている方々などなど、お祈りしましょう。

事業を営んでおられる方々、神の栄光のため、その与えられた事業が祝され、繁栄するように日々祈り続けましょう。地域社会、日本全体、世界の政治、経済、教育、福祉のためにも祈るべきでしょう。

 勿論、自分の健康、経済、生活、仕事などすべてについて、絶えず祈り続けるべきです。

今日も、読んで頂き感謝します。お一人、お一人の上に神さまの祝福が豊かでありますように心からお祈りしています。アーメン。

2018年10月12日 (金)

再開「尽きない泉」40号

 「尽きない泉」第一号2013/4/13

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           エミール・ガレ(1846-1904フランス) 
            アール・ヌーヴォーガラス工芸

 聖書 兄弟たちよ。私は、自分はすでに捕えたなどと考えてはいません。ただ、この一事に励んでいます。すなわち、後ろのものを忘れ、ひたすら前のもの向かって進み、キリスト・イエスにおいて上に召してくださる神の栄冠をうるために、目標を目指して一心に走っているのです。ピリピ3章13、4節。

 過去があって現在があるのですが、その過去をどのように活かすのは、自分責任なのです。そこには、祈りがあり、工夫努力があってこそ、前進向上が実現するのです。

 人生のどんな環境でも、必ず、意味があるのです。人それぞれの人生ですから、そこでの経験は自分独自の体験なのです。人生は、終わりまで学習であり、卒業はないのです。終わりまで、自分が欠けだらけで未熟であることを自覚し、謙虚さを忘れず、日々、前向きに生きる生き方こそ、健全な成長発展があるのです。

さらに言えば、その土台は、主イエス様にしっかりつながった上での自己責任があるのです。でも、祈って助けを求めていると、必ず、道は開かれるし、不思議なる神のみ業を必ずそこに見るのです。生きて働いておられる神さまを賛美します。

お一人お一人を今日も心に覚え、神さまの祝福を心からお祈りしています。

2018年10月11日 (木)

再開「尽きない泉」第39号

わがたましいよ。主をほめたたえよ。主の良くしてくださったことを何一つ忘れるな。あなたの一生を良いもので満たされる。あなたの若さは、鷲のように新しくなる。詩篇103篇2節5節

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                  つるバラ

はじめのうちは、感激も新しく、喜びも溢れていいても、時間が経つとどうしても、それらの気持ちは薄らぎ、いつの間にか忘れてしまうのです。

人間は自分ですべてをまかなって生きているのではありませんし、色々な人の助けがあって生きていられるのです。身近な人、まわりの人への感謝をいつまでも忘れてはいけないと思っています。聖書は、すべてのことについて感謝しなさいと言い、感謝の心を持つ人になりなさいとも書かれています。詩篇は、祈りに満ちていますが、感謝の詩も非常に多く見るのです。

喜び、感謝は、まわりの人を和やかにします。健康にも大変いいのです。喜び笑う声の絶えない家庭や職場は、仕事もはかどるのです。


神さまが共にいてくださること以上に心強いことはありませんし、必ず、実を結ぶ人生が、そこに必ずあるのです。栄光と豊かさをもって、すべてを備え、満たしてくださるのです。なすべきことはなし、あとは、神さまの手に委ね、信じて待つのです。神さまは、不思議をなさる方なのです。

お一人お一人を今日も心に覚え、神さまの祝福を心からお祈りしています。

2018年10月10日 (水)

「尽きない泉」再開39号

         「尽きない泉」第一号 2013/4/13

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         イチョウ並木


わがたましいよ。主をほめたたえよ。主の良くしてくださったことを何一つ忘れるな。あなたの一生を良いもので満たされる。あなたの若さは、鷲のように新しくなる。詩篇103篇2節5節

 

はじめのうちは、感激も新しく、喜びも溢れていいても、時間が経つとどうしても、それらの気持ちは薄らぎ、いつの間にか忘れてしまうのです。

人間は自分ですべてをまかなって生きているのではありません。色々な人の助けがあって生きていられるのです。身近な人、まわりの人への感謝をいつまでも忘れてはいけないと思っています。人間は、持ちつ、持たれつで生きているので、お互いに感謝して生きて行きたいです。聖書は、すべてのことについて感謝しなさいと言い、感謝の心を持つ人になりなさいとも書かれています。詩篇は、祈りに満ちていますが、感謝の詩も非常に多く見るのです。

 主イエスに在るものの人生は、感謝と喜びの人生なのです。喜びは、まわりの人を和やかにします。健康にも大変いいのです。喜び笑う声の絶えない家庭や職場は、仕事もはかどるのです。

朝の祈りで、心の重荷を主にゆだね、感謝の心で、悩みを神さまに委ね、信望愛の心で一日をさわやかに始めたですね。
神さまが共にいてくださること以上に心強いことはありませんし、必ず、実を結ぶ人生が、そこに必ずあるのです。栄光と豊かさをもって、すべてを備え、満たしてくださるのです。なすべきことはなし、あとは、神さまの手に委ね、信じて待つのです。神さまは、不思議をなさる方なのです。

お一人お一人を今日も心に覚え、神さまの祝福を心からお祈りしています。

再開「尽きない泉」38号

        「尽きない泉」2013/4/13第一号


わたしは、ダビデの家とエルサレムの住民に、あわれみと祈りの霊を注ぐ。約聖書 ゼカリヤ12章10節

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                  ギンナン (イチョウ)

 神さまが、この「尽きない泉」を用いてくださって、燃え上がるような感謝と喜びの声がたくさんの地で聞かれる信仰復興(リバイバル)の火が広がることを信じ強く願い祈り始めているのです。

神さまが、私たちに下さる恵みは、色々な形でくださるのです。神の栄光のために、目に見える祝福、多くの人の信仰が強くなる、信仰の復興(リバイバル)を私の強い願いとして神さまに求めているのです。

 神の御霊が特別に働いて、ここ、かしこ、あちら、こちらで、神をあがめ感謝する証しが聞かれ、その証しがまわりの人々の信仰に火をつけ、信仰が復興し、それが、次々と連鎖反応を起こし、正に、信仰復興リバイバルの火が広がることを心に強くイメージしているのです。今、心に燃えるものを感じながら、このブログを書いています。

老人は夢を見る。使徒の働き2章17節

 神さま、どうかこの日本にリバイバルを起こし、霊的にも、肉体的健康と癒しにも、生活、仕事の目に見える形での手の業も祝福され、教会に、牧師に、会衆全体に、個人、家族に、御霊の働きにより神を賛美する声が満ち溢れるように祈っています。

そして、それが、地域社会の、政治をはじめ、経済、教育にまで影響を及ぼすほどの、大きなうねりになることを夢見ています。

 主を待ち望む者は新しく力を得、鷲のように翼をかって上ることができる。走ってもたゆまず、歩いても疲れない。イザヤ40章31節。

 

2018年10月 9日 (火)

再開「尽きない泉」37号

 2013/4/13「尽きない泉」第一号を書き始め5年5か月になります。倒れて休んだ5か月を除けば、2000日原則毎日書き続けました。

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聖書
体のともし火は目である。目が澄んでいれば、あなたの全身が明るいが、濁っていれば、全身が暗い。だから、あなたの中にある光が消えれば、その暗さはいかほどであろう。マタイ6章22~23節。

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         リンゴ 
 

 人の目は、生きて行くために大切な働きをするのです。気持ちの通じ合っている人の間で、言葉を使わず、目と目を合わせお互いの気持ちを伝えあうことをします。

また、人の気持ちが目に現われので、下を向いたり、視線をそらしたり、急に話題を変えたりするのです。

心を騒がすな!恐れるな!心を強くし、勇ましく雄々しくあれ!このような言葉が聖書には、多く用いられています。不必要な心配で、心を乱されないように、心の重荷を神さまにゆだね気持ちを前向き、積極的することが大切なのです。

主エスさまは、平安があなたがたにあるように・・と言われましたのには、深い意味があり、たえず、聖書の御言葉とお祈りすることによって心を整えることを絶えずこころがけることが大切なのです。

 シェイクスピアの作品に「明けない夜はない!」と言う言葉があるように、上を向き、明るい心で生きることを人は皆、願っているのです。

 ゲーテは、「星のように、急がず、休まず」と書きのこしました。焦ったりしてイライラすることなどは、エネルギーの無駄使いなのです。主イエスの言葉を信じましょう。

 今日も一日、神さまのみ守りの下、祝福され、良い一日でありますようお一人お一人のためにお祈りしております。

2018年10月 8日 (月)

再開「尽きない泉」36号

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            梨 なし

「人はうわべを見るが、主は心を見る。」サムエル①16章7節。 

人には、うわべだけを見て、良し悪しを決めてしまう弱さがある。しかし、主イエスを知った時、たとえ、無駄に見えても、損をするように言えても、その出来事の向こうに明るい未来が見えるようになるのです。

神さまは、すべてのことを働かせて有益なものに変えるお方なのです。そいうお方が私たちといっしょにいてくださるのですから、どんなことでも、益あるものと見て、前向きな気持ちで事に取り組むのです。人を見ても、外側で見ることなく、同時に、これから先の可能性を信じ、きっとよくなると信じ、長い目、温かい目で見、忍耐強く見守るのです。

人を成長向上させるのに、自信を与えるために、ほめることもとても大事なのです。

 失望し、あきらめの気持ちになりがちな私たちの温かく見守ってくださる神さまは、愛のゆえに、私たちの心に御霊を注いで慰め励ましてくださるのです。私たちの人生の戦いのなかの最強の味方、友、最高の理解者なのです。

 今日も、お一人お一人の日々の生活、仕事が祝福され、主イエスに在って幸せでありますようにお祈りしています。

 この希望は失望に終わることがありません。なぜなら、私たちに与えられた聖霊によって、神の愛が私たちの心に注がれるからである。ロマ5章5節。

2018年10月 7日 (日)

再開「尽きない泉」35号

「尽きない泉」再開 35号

あなたのみことばは、わたしの足のともしび、私の道の光です。詩篇119篇105節。

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                               アネモネ

 聖書はすべて、神の言葉です。この「すべて」と言う言葉が大切なのです。神の言葉はいのちがあり人の心を活かし強め、生き生きと元気にし明るくするのです。私たちが、この世にあって強くたくましく、何事も忍耐強く、どこまでも希望を捨てずに生きられるのは、み言葉に支えられているからです。

何かのとき、聖書の言葉を思い起こし、お祈りの中で何度も心の中で繰り返す時、神さまは、力を与えて下さるのです。

主がおっしゃったことは必ず実現すると信じた方は何と幸いでしょう。ルカ1章45節。

 私たちが、話したり、書いたりする言葉も、使い方で人を慰め、励ましたり、時には、人の心を傷つけたりすることもあるのです。言葉で、生活し、言葉で仕事をするのです。言葉は、心を込めて大事に使うとき大きな働きをします。

 神さまへの祈りは、神さまとの祈りの言葉による対話なのです。

神との対話である深い祈りは、人の心を落ち着かせ、おだやかにします。その心の重荷をおろし、心を自由にし、心を騒がすことなく、ちゅうちょせずすべてについて前向きに生きるようになるのです。神さまは、その生き方を祝福し、助けてくださるのです。その結果、み言葉の約束を実現し、実を結ぶ生涯を送ることができるのです。

お一人お一人のためにお祈りして、今日も心からお祈りします。

 

 

2018年10月 3日 (水)

再開「尽きない泉」34号

聖書

私は、わたしを強くしてくださる方によって、どんなことでもできるのです。ピリピ4章13節

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   「かりん」大分黄ばんで来た。物産店には、かりんを蜂蜜などにつけた飲み物が売られている。のどの良いらしい。

 

主イエス様がいっしょにいてくださるなら、どんな事でも出来る・・・すごい確信です。正に、恐いものなし!何事も、始めから出来ないと決め込んで、しり込みするような弱気は、主イエス様と共に生きる者にはふさわしくありません。弱気なると、ますます、問題は、大きく見えて来て、さらに弱気は大きくなるのです。

ですから、主イエス様が、心を騒がすな、恐れるなと言われ、神を信じ、わたしを信じなさいと言われたのです。心の動揺をいましめたのです。

 

主イエスを見上げて、助けを求める時、何事でも、気持ちで負けないようにと、聖書の御言葉を何べんも、何べんも心の中で噛みしめることも力になるのです。聖書の言葉は、心で読み、信頼して読むことを心掛けていると、神さまは力を与えて下さるのです。粘り強く心掛けましょう。こういう考え方は、人生のすべてことに通じるのではないでしょうか。

むかしのむかし平安時代にいた書家小野道風は、雨の日、柳の枝に飛びつくまであきらめず、蛙が何べんも、何べんも飛んでいるのを見て、励まされ、書家として精進した逸話があります。

人間はみな弱いのです。だから、主イエス様は、力を与えて下さるのです。

人間のガンバリには、限界があります。そのことを主イエス様はよく分かってくださるのです。私自身、もっと、もっと主イエス様によりすがろうと心掛けて生きています。

 

聖書

これはゼルバベルへの主のことば。「権力によらず、能力によらず、わたしの霊によって」と万軍の主はおおせられる。ゼカリヤ4章6節

2018年10月 2日 (火)

「尽きない泉」再開33号


聖書
主ご自身がこう言われるのです。「わたしは決してあなたを離れず、あなたを捨てない。」
そこで、私は確信に満ちてこう言います。「主は私の助けです。わたしは恐れません。人間が私に対して何ができるでしょう。」新約聖書へブル13章5~6節。

 主ご自身がこう言われる・・主は、今も、えこひいきなく、誰にも自ら私たちに語り掛けて下さるのです。聖書を通し、教会で語られるメッセージを通し、色々な出来事を通し、色々な人を通して私たちに語り掛けてくださるのです。見る目、聞く耳のある人は、幸いなのです。今も、聖霊によって神の愛が私たちの心に注がれるのです。

孤独を感じたとき、希望を失いかけた時、神さまは、慰めてくださるのです。神は、慰めの神であられ、どんな時にも祈り叫ぶ時、私たちを励ましてくださるのです。

そして、その慰めから生きる力が湧いてくるのです。

 

今日もこれから、体力増強のために、少し長めの時間を歩きます。下りは良いのですが、登りが大変なのですが・・。

 

今日も一日お元気でご活躍なさるように、お一人お一人のためにお祈りしています。祝福を祈りつつ・・。

再開「尽きない泉」33号[

聖書
主ご自身がこう言われるのです。「わたしは決してあなたを離れず、あなたを捨てない。」
そこで、私は確信に満ちてこう言います。「主は私の助けです。わたしは恐れません。人間が私に対して何ができるでしょう。」
新約聖書へブル13章5~6節。

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孫の出産手伝いのため行っていた北海道石狩から松本空港に着いた娘順子を出迎えた時のものです。


 主ご自身がこう言われる・・主は、今も、えこひいきなく、誰にも自ら私たちに語り掛けて下さるのです。聖書を通し、教会で語られるメッセージを通し、色々な出来事を通し、色々な人を通して私たちに語り掛けてくださるのです。見る目、聞く耳のある人は、幸いなのです。今も、聖霊によって神の愛が私たちの心に注がれるのです。

孤独を感じたとき、希望を失いかけた時、神さまは、慰めてくださるのです。神は、慰めの神であられ、どんな時にも祈り叫ぶ時、私たちを励ましてくださるのです。そして、その慰めから生きる力が湧いてくるのです。

 今日もこれから、体力増強のために、少し長めの時間を歩きます。山なので、下りは良いのですが、登りが大変なのですが・・。

 今日も一日お元気でご活躍なさるように、お一人お一人のためにお祈りしています。祝福を祈りつつ・・。朝9時


2018年10月 1日 (月)

再開「尽きない泉」33号

聖書
私は一つの事を主に願った。私はそれを求めている。私のいのちの日の限り、主の家に住むことを。主の麗しさを仰ぎ見、その宮で思いにふけるそのために。詩篇27篇4節。

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 主イエス様が共にいてくださることを強く知ったとき、私の人生とその生活は大きく変わった。そこに深い安心と確信、喜び、希望が生まれたのです。主イエスが、キリスト救い主として、私の主となって心の内に住んでくださったのです。

そして、私自身の力はないが、主イエスご自身が力となってくださった事により、生きることのすべてについて、気持ちも前向きになり、積極的になり、行動的なり、あらゆる事に挑戦的になり、「尽きない泉」を書き始める大きなエネルギーでもあるのです。

 私の祈りの始めは、主イエス様が共にいてくださることなのです。祈るエネルギーもまた、主イエス・キリストなのです。

主イエス様こそ私たちのいのちです。主イエスに祈り、主イエスを力として、信頼し、模範として生きるのです。

 旧約聖書にもまた、いたるところに、主イエスの恵みの福音を感じさせる言葉に満ちているのです。

 今日も、その心強い主イエス様が共にいて、お一人お一人を支え祝福してくださるように心からお祈りしています。


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