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2018年11月の投稿

2018年11月30日 (金)

「尽きない泉」第1847号

「尽きない泉」第1号2013//13

「尽きない泉」第1847号

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          ばら レオナルドダビンチ

疲れた者には力を与え、精力のない者には活気をつける。若者も疲れ、たゆみ、若い男もつまずき倒れる。
 しかし、主を待ち望む者は新しく力を得、鷲のように翼をかって上ることができる。走ってもたゆまず、歩いても疲れない。
 旧約聖書イザヤ書40章29~31節

どんな場合でも主に祈り待ち望んでいると新しい力が湧いてくるのです。

自分の生活も、仕事も、神さまから与えられたのです。自分には、主イエス様がいつも、いっしょにいてくださると思うと力が湧いてくるのです。

一日の始め、先ず、心を静め、心を神さまに向けて祈り待ち望むとき、新しい力が与えられるのです。普通の一日、平凡な一日も、新しい力により新鮮な気持ちで一日を始めることができるのです。

おひとりおひとりの今日一日の働きが祝福されるようにお祈りしています。高橋芳昭。

2018年11月29日 (木)

「尽きない泉」第1846号

「尽きない泉」第1号2013//13

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                 湖岸にあるメタセコイヤの並木道。

「尽きない泉」第1846号

聖書 なまけ者よ。蟻のところに行き、そのやり方を見て。知恵を得よ。蟻には首領もつかさも支配者もいないが、夏のうちに食物を確保し、刈り入れの時に食糧を集める。箴言668節。

私たち人間は、自然界の動物、植物、その他生物などから 学ぶことが多いのです。主イエス様は、「空の鳥を見なさい。野の百合がどうして育つかをわきまえなさい。」と言われました。

 私たちは、聖書から教えられ、主イエス様から学び、人生の色々な出来事から教えられ、色々な人から学ぶことは、とても大事です。心を低くし、柔らかくして、向上心(上を目指す心)、向学心(学ぶ心)は、大切なのです。

 アリは、自分たちの生活を見事に管理しています。この様なことは、当たり前のことなのですが、その普段の平凡な生活を大事にしたものです。

これから、信州の寒さは本格的になります。温暖な静岡から来て初めての冬です。平均56000歩いたりして、備えています。蟻から教えられて、・・。今日も、主イエス様の「尽きない泉」は湧いています。

おひとりおひとりの今日一日が守られるようにお祈りしています。

高橋芳昭


2018年11月28日 (水)

「尽きない泉」第1845号

「尽きない泉」第1号2013//13

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     家の裏には、増え広がったハーブの香りがただよう。


     「尽きない泉」第1845号

聖書 家を建てる者たちの捨てた石。それが礎になった。これは主のなさったことだ。私たちの目には不思議なことである。詩篇118篇。

 神さまのなさることは、私たちには、見たことも、聞いたこともない、私たちの思いを越えたものであり、私たちは、しばしば、そのことを目の前にして心から感謝するのです。不思議に思うえるものなのです。私たちの考えに及ばない、理解出来ないことがいくらでも起きるのです。

 捨てられはずの価値なき者を、高価なもの、役に立つ者として用い、神さまは栄光を現わしなさるのです。

そのような前向きな生き方を、信じることの出来る人は幸いなのです。人生の出来事を偶然と考えないで、神さまの御手の中にいて守られ、導かれて生きていることを信じた人は、幸いなのです。

 今日も、神さまによって生かされ守られていることを感謝しましょう。

 聖書 主によって語られたことは必ず実現すると信じ切った人は、何と幸いなことでしょう。ルカ145節。

2018年11月27日 (火)

「尽きない泉」第1844号

「尽きない泉」第1号2013//13

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根元が、直径40センチ以上ある「もみじ」の大木を見かけました。


「尽きない泉」第1844号

聖書 こういうわけで、いつまでも残るものは信仰と希望と愛です。その中で一番すぐれているものは愛です。コリント①1313節。

 神さまとその御言葉への強い信頼を土台にした日々の生活であり、仕事でありたいのです。何事も、バランスが大事です。そのとき、そのときの状況に合わせられる心の広さと柔らかさが大事です。使徒パウロは、「私は、どんな状況にも満ち足りることを学びました。」と言っています。次に、どんな時にも、希望をなくさず、どんな時にもあきらめず、可能性を信じ、前向きな気持ちと向上心をもって生きて行きたいものです。

そして、それらをまとめるのが、神に対する愛、人に対する愛なのです。

神さまは、そのために、祈りに答え、力を与え、慰め励ましてくださるお方なのです。

 聖書 愛によって働く信仰だけが大事なのです。ガラテヤ56節。

 おひとりおひとりの今日一日の働きが祝福されるようにお祈りしています。高橋芳昭

2018年11月26日 (月)

「尽きない泉」第1843号

「尽きない泉」第1号2013//13

「尽きない泉」第1843号

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          窓からのぞくと変電所がすぐうえに・・。

聖書 確かに、私たち見えるところによってではなく、信仰によって歩んでいます。コリントⅡ57節。

 今日の話題!「自分の内にかくれている力をもっと引き出そう!」

この世の中は、すべて揺れ動き続けている。神さまを信じて、一歩一歩、強い気持ちで生きて行くべきなのです。雨の日も、風の日もあるのです。

その中で、どのように、自分を見失わないようにするかが大事なことなのです。おごり高ぶってもいけないし、自信を無くし、自分を低く考え卑しめてもいけないのです。

 聖書は、いつも喜び、すべてのことについて感謝しなさいと教え、主イエス様は、平安を与えると言い、心を騒がさず、恐れずと励まされたのです。神さまは、教えと共に、祈り求める者に力を与えて下さるのです。

私たちは、神さまからいのち与えられ、神さまに生かされ守られ生きているのです。

しかし、自分の力を尽して生きることを忘れてはいけないのです。「求めなさい。そうすれば与えられます。」は主イエスの言葉です。

 主イエスのみ名により、祝福をいのりつつ・・・。高橋芳昭。

2018年11月25日 (日)

「尽きない泉」第1842号

「尽きない泉」第1号2013//13

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 シンガポールから久しぶりの帰省。孫の誠君です。家族と共に・・。

「尽きない泉」第1842号

今日の話題 

「わたしの目には、あなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している。」放蕩息子にあらわされた神の大いなる愛と恵み。

新約聖書ルカ15章に、主イエスさまが話された「放蕩息子」と言われているたとえ話があります。神さまは、神さまの許に来る人々をどんなに大事に思い、愛しておられるかを、この感動的なドラマのような話によって私たちに伝えようとされているのです。

 これは、私たち、すべての一人一人への神さまの愛の御心を現わしているのです。旧約聖書イザヤ43章にも「わたしの目には、あなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している。」と神さまのみ思いが書かれているのです。

昨夜8時過ぎ、シンガポールから、孫の誠君が帰省し、家族は大喜びで歓迎した。私が倒れたときには、静岡の病院まで見舞いに来てくれたことがあった。

今朝、早朝、神さまに心を向け、お祈りしていた時、ふと、放蕩息子にあらわされた神さまの大きく深い愛が、心に満ち、深い平安と共に、神さまへの信仰を新しくされたのです。アーメン。

 孫ではあるが、ひとりの青年として書きます。誠君は、あえて、自分から、向上心をもって色々な苦労を日本の各地で積み重ね、現在、シンガポールの有名なホテル「マリーナベイサンズ ホテル」でホテルマンとして働いており、久しぶりに見た誠君は、すっかり一人の自立した青年として成長した姿を見て、非常にうれしく思いました。主のみ名をあがめます。

勿論、今日の主日は、家族と共に、教会に行きます。神さまのなさることは不思議です。その大いなる御業を思い、主のみ名をあがめます。なおなお、家族知人のため祈り続けます。

2018年11月24日 (土)

「尽きない泉」第1841号

「尽きない泉」第1号2013//13

「尽きない泉」第1841号

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裏山に未だ美しい紅葉が残っていました。


今日の話題 する時はする!しない時はしない!けじめをつけることを習慣づけましょう。

 聖書 ただし、少しも疑わず信じて願いなさい。疑う人は、風に吹かれて揺れ動く、海の大波のようです。そういう人は、主から何かをいただけると思ってはいけません。そういうのは、二心のある人で、その歩む道のすべてに安定を欠いた人です。ヤコブ168節。

 少しも疑わず信じて・・・物の考え方や行動には、集中力が大事です。心が集中していると、行動も集中するので、うまくゆくのです。気が散ってはうまく生きません。

二心のある人・・・することがたくさんあって、うしろから追いかけられるような気持ちになると、いつも、イライラしているようになるのです。疲れるばかりです。

主イエスは、平安を与えると言われました。

心の安定、精神的安定は、すべての行動の土台です。何事も、一歩一歩です。積み重ねです。行動を忍耐強く、続けていると習慣になり、やがて、性格、人柄になるのです。成長には時間が掛かるのです。

する時はする!しない時はしない!けじめをつけることを習慣づけましょう。神さまは、実行する力を与えて下さるのです。お祈りしましょう。

 おひとりおひとりのこの日が、さらに、良い一日であるようにお祈りしています。

2018年11月23日 (金)

「尽きない泉」第1840号

尽きない泉」第1号2013//13

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     裏山のもみじも大分くすんできて冬景色の準備です。

「尽きない泉」第1840号

聖書 あなたがたがわたしを選んだのではありません。わたしがあなたがたを選び、あなたがたを任命したのです。

それは、あなたがたが行って実を結び、そのあなたがたの実が残るためであり・・・、ヨハネ15章16節

 神のお考えは確実であり、永遠に変わらないのです。神さまは誠実なお方なのです。選び、任命してくださった神さまは、その責任を果たす力も与えて下さるのです。試練とともに解決の道も開いてくださるのです。

 今日も、愛と恵みと御力をもってすべてを益としてくださる神さまに守られていることを信じましょう。

 聖書 主のはかりごとはとこしえに立ち、御心の計画は代々に至る。幸いなことよ。主をおのれの神とする国は。神が、ご自身のものとしてお選びになった民は。詩篇33篇11~12節

 

2018年11月22日 (木)

「尽きない泉」第1839号

「尽きない泉」第1号2013//13

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薄暮の美しさにひかれ撮りました。明日は晴天でしょう。信州の寒さはこれからです。

「尽きない泉」第1839号

聖書 彼は望みえないときに望みを抱いて信じました。
   神には約束されたことを成就する力がある事を堅く信じました。
   ロマ4章18,21節。

「神を信じなさい。」この言葉は、私たち生きて行くのに、非常に重い意味があるのです。疑いはなにもプラスになることないのです。ピリピ2章には、すべてのことを、つぶやかず、疑わずに行いなさいとあります。

 これは、神さまの御心なのです。このような生き方に、神さまは、必ず、報いてくださるのです。

 今日も、お一人おひとりにとって、実り豊かな良い日であるようにお祈りいたします。高橋芳昭。

「尽きない泉」第1838号

「尽きない泉」第1号2013//13

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          夕日に映える諏訪湖

「尽きない泉」第1838

聖書  彼らは年老いてもなお、実を実らせ、みずみずしく、おい茂っていましょう。詩篇92篇13~14節

 朝つゆに光る緑濃き葉には、生命力を感じ、人の心は感動します。思わず、きれい!というでしょう。主イエスにしっかりつながって生きる人には、そのようないのちの輝きを感じるのです。

心に内にいます主イエス様から湧き出るいのちが、そうさせるのです。今日も、内に湧く「尽きない泉」に支えられて、自分に備えられた道を、なお、夢と希望をもって生きて行きたいのです。

 人が元気にするもう一つは、使命に生きることです。与えられた生活、仕事を熱い心で生きて行くのです。私たちは、自分の行く道を自分で選んだとしても、深い意味では、神に御心にそって生きているのです。

神の御心は完全です。神は、すべてを益となさるお方です。なおなお、信頼して生きて行きましょう。

 聖書 神その道は完全。主のみことばは純粋。主はすべて彼に実を避ける者の盾。詩篇18篇20節

おひとりおひとりに上に神の祝福が豊かにありますように祈っています。高橋芳昭。

 

 

2018年11月21日 (水)

「尽きない泉」第1837号

「尽きない泉」第1号2013//13

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     この急階段はもっともっと続くので鍛えられます。

「尽きない泉」第1837号

聖書 夕暮れには涙が宿っても、朝明けには喜びの叫びがある。

    詩篇30篇5節。

神さまは、一日を夜と昼に分けられたのです。神さまの知恵は奥深い。この大きな境目を私たちは、もっと上手に活用すべきなのです。

 主イエスさまの御手にすべてを委ねよく眠り、さえた頭で、困難な問題を落ち着いて考え直すのです。夜眠るとき、明日が良い日であるように、もっともっとすべての面で強くなれるようにお祈りしながら、主イエス様がいっしょにいてくださることを感謝しながら寝るのです。

 前日抱えていた心の重荷が、ふと、軽くなり、安心と喜びに心は満たされるのです。「明けない夜はない!」夜の後には、必ず朝が来るのです。信じて祈るとき神さまは、必ず、道は開かれるのです。それは、聖書に書かれた神の御約束です。

さあ!今日も自分なりに元気にベストを尽くそう!

おひとりおひとりのためにお祈りしています。高橋芳昭。

2018年11月20日 (火)

「尽きない泉」第1836号

「尽きない泉」第1号2013//13

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        木枯らしの吹く湖岸を今日も歩きました。

「尽きない泉」第1836号

聖書 私は、どんな境遇にあっても満ち足りることを学びました。
ピリピ4章11節

 今日の話題 神さまは、私たちに十分な満足を与えて下さるのですが、人の弱さから言えば、何事も「ほどほど」でいいのです。。

 この世のものはすべて限りがあるので、すべてを「ほどほど」にすべきなのです。神さまに対しては、心を尽くし、力を尽くすべきですが、この世の見える物に完全はないのです。完ぺき、完全は、人間にはできないのです。

ですから、「ほどほど」にすることは、とても大切なのです。ほどほどにすることは生きる知恵であり、健全な知恵なのです。人は、ともすると、完全を求めがちです。「ほどほど」は、経験を積み、人間の弱さの事をよく分かっている人の生きるかしこい知恵なのです。イエスの福音はそれを教えているのです。

 「ほどほど」と言っても、あきらめではありません。主にあって生きる私たちは、終りまで、つねに、向上心、好奇心もって、最大限の可能性の実現を信じ、高嶺を目指して生きているのです。

おひとりおひとりの幸せを心よりお祈りします。高橋芳昭

2018年11月19日 (月)

「尽きない泉」第1835号

「尽きない泉」第1号2013//13

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         美味しそうなみかん


「尽きない泉」第1835号
あなたが水の中を過ぎるときも、わたしはあなたとともにおり、川を渡るときも、あなたは押し流されない。火の中を歩いても、あなたは焼かれず、炎はあなたに燃えつかない。わたしの目には、あなたは、高価で尊い。わたしはあなたを愛している。
聖書 イザヤ43章2,5節。

世の中を生きて行くのは、時には、暗い谷間の流れの激しい急流を渡るように厳しく困難なのです。内容は、違いはあっても、人は、苦労をすることで、鍛えられ強くなり、無駄にならず、プラスになるのです。

神さまは、恵み深い神さまであり、必ず、解決の道を開き、苦しみに耐えた者には報いてくださるのです。

神さまは、どんな時にも私たちを高価な宝のように大事に思い愛してくださるのです。どんな時にも、神さまの愛は永遠に変わらないのです。

おひとりおひとりのその苦労に神さまが報いてくださることをお祈りしています。高橋芳昭

「尽きない泉」第1834号

「尽きない泉」第1号2013//13


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       机の上にそろえたブログのための道具です。

「尽きない泉」第1834号

聖書 主は生きておられる。ほむべきかな。わが岩。あがむべきかな。わが救いの神。詩篇18章46節。

生きておられる主。生きて働いておられる主。事を行い、私たちを用いて業を行わせ、豊かな実りで、栄光を現わしなさるお方なのです。

神さまのお約束は、必ず、実現すると信じて生きて行くのです。

 神さまは、永遠に砕けず、ゆるがない岩です。この岩を土台にして生きる人生は不動であり変わらない安らぎなのです。

主イエスさまがその平安を与えて下さるとのお約束を信じて生きて行きましょう。日々、大いなる神さまが生きて不思議な業を感じつつ生きています。

 おひとりおひとりに日々が守られるようにお祈りしています。
 高橋芳昭。

「尽きない泉」第1833号

「尽きない泉」第1号2013//13

「尽きない泉」第1833号

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  「尽きない泉」長い読者である「ふくよし菓子店創業以来60年継続」の店主細井さん80歳代?と久しぶりに再会(静岡市葵区)長谷通り)


聖書 主はあなたの足をよろけさせず、あなたを守る方はまどろむこともない。見よ。イスラエルを守る方は、まどろむこともなく、眠ることもない。主は、あなたを行くにも帰るにも、今よりとこしえまでも守られる。詩篇121篇

 昨日は墓参で、6月25日に退院して以来、初めて静岡市に車に同乗し出かけました。「尽きない泉」読者の知人らにも会え、神さまの大いなるみ業を思い感無量でした。朝7時から夜9時近くまでの14時間の日帰りで少々疲れましたが、早朝、この言葉が心にひびいてきて気持ちを新しされ、元気が出て来ました。神さまからのものと確信しました。

 主イエス様から目を離さず日々過ごしていると、主は、助けてくださるし、守ってくださるのです。今日のこの日は、過ぎ去れば二度と来ない尊い大事な一日です。意義深く過ごしたいです。

今日も、「尽きない泉」をお読みくださるすべての方々に、神よりの祝福を心よりお祈りします。

2018年11月18日 (日)

「尽きない泉」第1832号

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                豊作でありますように・・。

「尽きない泉」第1832号

聖書 たとい山々が移り、丘が動いても、わたしの変わらぬ愛はあなたから移らず、わたしの平和の契約は動かない。イザヤ54章10節。

 たとい何が起きても、いつも私たち共にいてくださる神さまとその御約束は変わらないのです。ですから、私たちも、たとい、何があっても、神さまを第一にすべきなのです。

この日、先ず、神の御名と御力を心から讃美します。すべてについて神さまが崇められますように。神の力強い御手に支えられますように。手の業が祝され多くの実を結びますように。

 色々な人に対して、主の愛をもって接することができますように、心からお祈りします。

今日も、み言葉を堅くを信じ、どこまでも希望を捨てず、明るい未来の可能性を信じて過ごせますように・・。アーメン。

2018年11月17日 (土)

「尽きない泉」:第1831号

「尽きない泉」第1号2013//13

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  自宅前のご近所の方の家庭菜園です。私もしてみたいです。
 

「尽きない泉」第1831号

聖書 そこで、イエスは彼らに、」「さあ、あなたがただけで、寂しい所へ行って、しばらく休みなさい」と言われた。人々の出入りが多くて、ゆっくり食事する時間さえなかったからです。マルコ6章31節。

 祈りは、自分と神の一対一で言葉をやり取りする対話なのです。祈りには、いくつかの形があります。長い祈り、短い祈り、静かな場所での祈り、にぎやかな場所での祈りなど・・。

 特に、静かな環境での祈りはとても大事です。主イエス様も、しばしば、ひとり、静かな場所でお祈りをしておられたのです。

早朝、心を静めてのお祈りで、神さまが共にいてくださることを確認し、一先づ心を軽くし、その上で、実際問題の解決を進んで神さまにお願いしたいですね。信じて祈るお祈りを神さまは必ず聞いてくださるのです。

聖書 イエスは答えて言われた。「神を信じなさい。・・・心の中で疑わず、ただ、自分が言った通りになると信じるなら、そのとおりになります。マルコ11章22~24節。

 今日も良い一日であるようにお祈りしています。高橋芳昭

「尽きない泉」:第1830号

「尽きない泉」第1号2013//13

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         静岡市内駿府城の一部を復元した光景

聖書 つよくあれ。雄々しくあれ。恐れてはならない。おののいてはならない。あなたの神、主が、あなたの行く所どこでもあなたとともにいるからである。旧約聖書ヨシュア記1章9節。

 主イエスを信じた私たちには、永遠のいのちが与えられているのです。与えられているいのちは、永遠なのです。永遠に湧き続けるいのちなのです。実に、力強い言葉ではありませんか。力が湧いてくる御言葉です。

世にあって、誰もが、色々な形で、試練に会うのです。信仰の祈りに必ず答えてくださる神さまとそのみ言葉を堅く信じて、断固として、強く雄々しく恐れず、事に当たるべきです。勝利と栄光のイメージを心に思い描いてすべてにつて前向きに生きてこそ、神さまにお喜びいただけるし、多くの実を結ぶのです。

 今日も、おひとりおひとりと主イエス様がともにいてくださいますように祈りつつ・・。

聖書  あなたがたは、世にあっては困難があります。しかし、勇敢でありなさい。わたしはすでに世に勝ったのです。ヨハネ16章33節。

 

2018年11月15日 (木)

「尽きない泉第1829号

「尽きない泉」第1号2013//13

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         山肌全体が紅葉に染まっています。

「尽きない泉」第1829号

聖書 私はこう考えます。少しだけ蒔く者は少しだけ刈り取り、豊かに蒔く者は、豊かに刈り取ります。コリントⅡ9章6節。

 人間のすることすべてことに言えるのです。やはり、多く労すれば、必ず、それに報いは与えられるのです。種は、土の上に蒔き、水を注げば、芽を出し、やがて、時が来て実を結ぶのです。種は蒔かずに、袋の中に入れただけでは、いつになっても、そのままです。播かぬ種は生えぬ!です。

体力の低下、多くの記憶を失った状態から、9か月、永遠のいのちを与えられている者として、尽きることのない希望、尽きることのない可能性を信じて、日々、心を新しくされ、一歩一歩積み重ねてきました。

 この9か月は、非常に、中身の濃い月日でした。そして、信じてきた神さまは、生きて働いておられるし、不思議なお方であられることを強く感じ、一層の信頼を強くしております。

この9か月の間に、与えられた神の助けを思い、感無量です。心に湧いてくるまま書きました。今日は、9時半ごろから、毎週木曜日に出かけるリハビリのデイサービスに出かけます。これだけでは、不十分なので、自分で相当努力しています。主イエスさまの「尽きない泉」から湧く尽きない力にささえられて・・。アーメン。

おひとりお一人の今日一日の活動が実りあるものとなりますようにお祈りします。 

2018年11月14日 (水)

「尽きない泉」第1828号

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「尽きない泉」第1828号

聖書 いつも主にあって喜びなさい。もう一度言います。喜びなさい。ピリピ4章4節。

 誰であっても、もし、心を開き、信頼する主イエス様を心にお迎えした時、深い安らぎがその心を満たすのです。その平安は、活きた平安であって、ストレスで疲れ、傷ついた心と体を癒し元気にするのです。

困難の中でも、主イエスさまの名を心の中で、呼び続ける時、神さまは、力を与え、道を開いてくださるのです。旧約聖書の詩篇を読むと、神の助けを経験した詩篇を多く見ます。

主イエスにあって与えられる喜びから生きる力が生まれるのです。
私たちは、この世にあって、色々な喜びを味わいます。人間は、そのように造られているのです。

 神さまは、「すべての物を豊かに与えて楽しませてくださるお方」なのです。

テモテ①6章17節。聖書の言葉を生きる力、道の光、道しるべとして生きてください。

 おひとりおひとりが神さまの祝福の下、日々幸せでありますように心から祈りつつ。

「尽きない泉」1827号

「尽きない泉」第1号2013//13

「尽きない泉」第1827号

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        諏訪市内で多く見受ける家の前に飾る菊。


お詫び・・パソコンの操作の無知で、一部の方へのお友達承認のお願いがダブってしまい迷惑をおかけしました。リハビリも兼ねていますが、今後も一層勉強します。

       *****      *****

 

聖書 また、神の全能の力の働きによって私たち信じる者に働く神のすぐれた力がどのように偉大なものであるかを、あなたがたが知ることができますように。エペソ人への手紙1章19節

今日の話題「神さまは、全能であり、その御力は計り知れず、人の思いをはるかに越えた御力なのである。」

神さまは、全能であり、その御力は計り知れず、人の思いをはるかに越えた御力であり、永遠の神の御力であるから、到底、人の考えもしない、出来ないのです。使徒パウロは、神の御霊に感動されて、単なる思想や哲学的表現では言い尽くせないその御力の大きさに押しつぶされそうになりながら、熱い思いでこの言葉を書いたに違いないのです。

自分の弱さ、小ささを思えば、とても書けないと感じつつも、イエスの福音を伝えるという使命感に後押しされて書いたに違いないのです。

このような御力に支えられて生かさていることは、本当に感謝です。

 おひとりおひとりへの神の祝福を心より祈りつつ。

2018年11月13日 (火)

尽きない泉第1826号

「尽きない泉」第1号2013//13

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         昨日、下り坂の急階段で見た紅葉。

「尽きない泉」第1827号号(再開65号)

 聖書 神はどのような苦しみのときにも、私たちを慰めてくださいます。私たちも、自分自身が神から受ける慰めによって、どのような苦しみにいる人をも慰めることができるのです。
それは、私たちにキリストの苦難が溢れているように、慰めもまたキリストによって溢れているからです。コリントⅡ1章4節。

 この日も、主イエス様は、聖書の言葉を通して、励まし慰め、そして、確信を与えられて一日を始めることができることは、本当に感謝なことです。

 神さまの愛も恵みも満ちあふれているように、その慰めも溢れているのです。それは、今日も目覚めるとともに、主イエス様が共にいてくださるからなのです。恵みと慰めの御霊が、強く確信させてくださるのです。

その心にしみとおる慰めで、元気なり、力も、喜びも湧いてくるのです。

 おひとりおひとりの今日一日も神さまの慰めに満ち溢れた一日でありますようにお祈りしています。高橋芳昭

2018年11月12日 (月)

「尽きない泉」第1826号

「尽きない泉」第1号2013//13

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       庭の蔦(つた)が紅葉しました。

「尽きない泉」第1826号(再開64号)

聖書 しかし、主を待ち望む者は新しく力を得、鷲のように翼をかって上ることができる。走ってもたゆまず、歩いても疲れない。
イザヤ40章31節。

 世のすべての物は、時間とともに古くなり、おとろえ、枯れ、朽ち、無くなるのです。人間も同様で、年令と共に体力、記憶力なども落ち、おとろえます。しかし、主イエスに在る者の内なる心は、日々新しされるのです。新鮮な心で、新鮮な意欲で、新鮮な使命感で、新鮮な情熱で、心を熱くして、若々しく、みずみずしく、柔らかい心で日々過ごすことができるのです。

神さまの変わらない愛が心に注がれ、変わらない新鮮ないのちと力が湧いてくるのです。

気持ちは周囲に影響を受けず、変わらないので、結果、忍耐強くなり、継続力、集中力が生まれ、それが、多くの収穫につながるのです。

 お一人お一人の今日一日が実り豊かな一日でありますようにお祈りしています。高橋芳昭

[TUKINAIIZUMI]

2018年11月11日 (日)

「尽きない泉」通算第1825号

「尽きない泉」第1号2013//13

「尽きない泉」第1825号
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         「尽きない泉」第1号に乗せた写真です。

 

お知らせ・・・今まで再開「尽きない泉」としてきましたが、やはり、第15号からの一連番号にすることにいたしました。よろしくお願いいたします。ただし、今年2月10日体温31℃で倒れ、その後のリハビリのための今年の2月10日から6月29日再開第1号までは空白になっています。

倒れる前日の2月9日、相当疲労が重なっていたであろう中でも、内に湧く「尽きない泉」に支えられている、極めて前向きな信仰を感じるメッセージなのです。ただ、体力の限界を感じるのは、文章が極めて短いことです。主イエスのみ名を心から讃美します。

 

通算番号に変えるに際して私自身が、思いを新しくするために、その29日のブログを再掲します。


今日の話題 新鮮な意欲、新鮮な発想。新鮮な気力、新鮮な構想が、キリストにあって生きる者の心から湧いてくるのです。」

 
聖書 ですから、私たちは落胆しません。たとえ私たちの外なる人は衰えても、内なる人は日々新たにされています。 
コリント人への手紙 第二 412

     
 いくら年をとっても、いくら経験を重ねても、新鮮な生活や仕事が出来る意欲、気力が湧いてくるのが、キリストの「尽きない泉」なのです。 

 人は皆、幾つになっても、若さを保っていたい筈です。分かりやすい言い方をすれば、主イエスが言う「日々新しい」とは、そういう事である。

  新鮮な意欲、新鮮な発想。新鮮な気力、新鮮な感動、キリストにあって生きる者の心から湧いてくるのです。

 

再開「尽きない泉」第64号

「尽きない泉」第1号2013//13

再開「尽きない泉」第64号

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          国道20号線です。

聖書 あなたの重荷を主にゆだねよ。主は、あなたのことを心配してくださる。詩篇55篇22節。

 私たちの人生は、神様から与えられ重荷を背負って生きています。主イエス様は、世に生きる私たちのために十字架を負って生涯を全うされたのです。私たちの人生も、深い意味があって、人それぞれに重荷を与えられて生きているのです。重荷を背負って生きる中で、人は色々な試練に会い苦労することがあっても、その試練は、決して無駄にならならず、忍び通したとき、神さまは、必ず、報いてくださるのです。

 そして、重荷を与えなさる神さまは、私たちの弱さを心配してくださる方ですから、必ず、その中で解決の道を開いてくださるし、力も与えて下さるのです。恐れず、騒がず、つぶやかず、自分で背負い込まず、結果を神さまにおまかせし、心に余裕をもって生きて行くべきです。

お一人お一人の今日一日が良い一日となりますようにお祈りしています。

 

2018年11月10日 (土)

再開「尽きない泉」第63号

「尽きない泉」第1号2013//13

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              今までと違った紅葉の光景を昨日見つけました

 聖書 喜ぶ者といっしょに喜び、泣く者といっしょに泣きなさい。
    ロマ12章15節。

今日の一言「本来、人は孤独に耐えられず、愛による交流を強く望んでいる。」

人と人の交流は、生きて行くために、非常に大事なことなのです。心をうるおし元気にし、人の心や人柄を豊かにするのです。人は言葉による対話で、気持ちが和らぎ脳の働きも良くなるのです。本来、人は、孤独を好まないのです。

今やインターネットが生活を支える時代になり、対面販売を追い抜こうとしています。言葉でやり取りする対話は、心を温めるのです。

 お互いの愛を、気持ちだけでなく行動にあらわすことで真の交流ができるのです。人は、顔が違うように、環境も、生活の形も、好みも違うことをよく理解することが大事なのです。男女の違い、性格の違いなどを認め合い尊重してこそ、本当の交流が生まれるのです。

主イエス様を信じることによって、心を新しくされ、行動することで現実の結果が生まれるのです。

 神さまは、えこひいきなく、一人一人を大事に思っていてくださるのです。愛をもってお互いを大事な人とすることは、神さまに喜ばれることなのです。

 今日も、実り豊か一日となりますように、神の祝福をお祈りしています。

 

再開「尽きない泉」第62号

「尽きない泉」第1号2013//13

再開「尽きない泉」第62号

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  諏訪には数限りなく色々なところできれいな紅葉を見受けます。

聖書 私は、私を強くしてくださる方によって、どんなことでもできるのです。ピリピ4章13節。

今日の話題 「何があっても、主イエスを信じ、祈りつつ、確信をもって生きて行こう。必ず、道は開かれる。」


使徒パウロの何と確信に満ちた言葉です。この確信が、彼の経験だけでなく、主イエスを信じるすべての人への神さまからの熱いメッセージなのです。この御言葉はあなたへのものであり、私へのものなのです。

この確信の根拠、出処こそ、主イエスが信じる者に与えて下さる大切なメッセージなのです。

 新約聖書ロマ4章にあるように、アブラハムは、「望みえないとき望みを抱いて信じた」のです。それは、アブラハムが、神さまを強く信じたことを神は義と認めたのです。大きな愛と恵みによって彼を義しい人、義人として認めてくださったのです。人は、そのままでいいよと認められると自信が湧いて来て、元気、勇気が出て来るのです。

 私たちは、お互いにほめるべきなのです。人は、自分が認められると自信が湧いて来て、心の状態も良くなり確信が湧いてくるのです。

主イエス様は、信じる私たちが、確信をもって、自信をもって生きて行くように強い力を与えて下さるのです。

 主イエスの「尽きない泉」から湧くいのちに支えられ、力を与えられ元気づけられ、今日も、主イエス様を伝えるために書いています。

 おひとりおひとりへの神よりの祝福を心より祈りつつ・・。

2018年11月 9日 (金)

再開「尽きない泉」61号

尽きない泉」第1号2013//13


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 諏訪湖湖岸にある諏訪温泉での間欠温泉の吹き出しの瞬間です。                        

再開「尽きない泉」第61号

聖書 あなたがたは、あらゆる点で豊かになって、惜しみなく与えるようになり、それが私たちを通して、神への感謝を生み出すのです。コリントⅡ9章11節。

 

私たちの心は、満ち溢れ、かつ、絶大な神の恵みに満たされ、私たちの心はうるおされ、豊かにされるのです。

神さまが、与えて下さる喜びは、その心の豊かは、必ず、まわりの人に広がり、明るく和やかになり、喜び、笑い声は周囲に広がり、笑い声がたえなくなるのです。

 

私は、自分が満たされるだけでなく、惜しみなく人びとに、自分を与え続ける人生でありたいと常々思っているのです。

主イエス様の言葉のごとく、かぎりなく湧き続ける「尽きない泉」によって支えられることで、それが可能になるのです。

 

今日も、主イエス様の恵みが、おひとりおひとりのうえに注がれ、幸せな一日であるようにお祈りしています

2018年11月 7日 (水)

再開「尽きない泉」60号

「尽きない泉」第1号2013//13

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              知人からみかんがとどきました。

 

今日の話題 「神さまと共に生きる者の人生は、必ず守られるし、すべてについて、満たされるのです。」

 聖書 あくまで頼み続けるならば、そのためには起き上がって、その必要な物を与えるでしょう。わたしはあなたがたに言います。求めなさい。そうすれば、与えられます。ルカ11章8~9節。

 主イエス様を信じ、この世を生きている者の心には、「尽きることなく湧き続ける泉」が湧き続けているのです。ですから、粘り強いのです。あきらめません。あくまでも頼み続ける熱い気持ちで、求めなさい。と主イエス様は言われたのです。人生の試練が厳しく、簡単でないのは、当然なのです。そして、人生の試練に会わない人はおりません。

 人は、例外なく、重荷を背負って生きているのです。主イエスは、失望せず求め続けるのです。

求めなさい。捜しなさい。叩きなさい。そうすれば開かれます。主イエス様は強く励ましておらえるのです。

 私たちには、神さまがいっしょにいてくださるのです。必ず、栄光を現わし、世の荒波に勝たせてくださるのです。感謝な事です。有難いことなのです。

おひとりおひとりの今日の一日が、実り多き一日となりますようにお祈りしています。

2018年11月 6日 (火)

再開「尽きない泉」第59号

「尽きない泉」第1号2013//13

再開「尽きない泉」第59号

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     紅葉も進み、初冬のたたずまいを感じる湖岸です。

私たちはみな、この方の満ち満ちた豊かさの中から、恵みの上にさらに恵みを受けたのである。ヨハネ1章16節。

 「満ち満ちた豊かさ」この言葉こそ、主イエスさまに相応しい言葉なのです。神さまのなさることは、すべての事において豊かなのです。そして、時かなって美しいのです。そのお方から、豊かな恵みを受けたのです。

 信じた私たちは、すでにその豊か恵みの中に置かれ、守られて生きているのです。すべてについて、その祈りと約束は、すでに得ていることを信じて、プラスのイメージを思い描き、すでに力と恵みが与えられていると信じて行動すると、力が湧いてきて、粘り強い行動ができ、結果もついて来るのです。

 乏しく、暗い心や考え方は、結果は出ないのです。生きていることを楽しみ、感謝と幸せを感じながら心を豊かにされて「尽きない泉」を書いています。

 聖書 私たちにすべてのものを豊かに与えて楽しませてくださる神に望みを置くように。テモテ①6章17節。

 おひとりおひとりに神さまよりの豊かな祝福を心からお祈りします。

 

2018年11月 5日 (月)

再開「尽きない泉」58号

「尽きない泉」第1号2013//13

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ウォーキングの途中で無料足湯で一休み。今日もお祈りしながら約一万歩。継続は力、
 

再開「尽きない泉」第58号

主は答えて言われた。「マルタ、マルタ。色々なことを心配して、気を使っています。しかしどうしても必要なことはわずかです。いや一つだけです。マリヤはその良いほうを選んだのです。彼女からそれを取り上げてはいけません。ルカ10章42節。

継続は力!中途半端にせず、ずっと続けることが、結果として、実を結ぶのです。方針は貫いても、つねに、それでいいかどうかを確かめることはとても大事なのです。

神さまに委ね、心が柔らかくなると、まだまだ自分が未完成だから、もっともっと前を向いて励む気持ちが湧いてくるのです。

終わりまで、心を開いて学び続けたいと心掛けています。体の筋肉も、脳の働きも幾つになっても向上すのです。マリヤは、神第一の心で、主イエス様の言葉を聞くことに集中していたのです。

神さまが与えて下さる力は、日々新しい力であり、うむことなく、たゆむこともない力なのです。正に、「尽きない泉」なのです。

 おひとりおひとりに、今日も、新しい力が与えられますようにお祈りしています。

2018年11月 3日 (土)

再開「尽きない泉」第57号

「尽きない泉」第1号2013//13

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            窓際に置いたたくさんの小菊

 

聖書 神はひとり子に世を愛された.

それは御子を信じる者が。ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。ヨハネ3章16節

 主イエス様を信じた時、人の心の奥底にいのちが与えられ、そのいのちが尽きることなく、泉のごとく湧き出る・・のです。それは、永遠に続くいのちだからなのです。この世の中に、いつまでも変わらない、なくならないものがあるのです。それが、主イエスさまであり、聖書の言葉なのです。

 永遠のいのち、いつまでも終わらないいのち、失望に終わることのない、いつまでも続く希望、無限に続く可能性を確信して生きるのです。

そもそも、永遠に続くものは、この世の中にはないので、世の人には、このいのちは、不思議以外の何物でもないのです。主イエスを信じた者の目が開かれ、永遠を信じることができるのです。

信じて生きる!のです。 困難は、人生では、当然なことで、神さまは、その中で、起きるすべてのことを益とされる方であり、試練とともに解決の道を必ず開いてくださるお方であることを信じて生きて行けるように、力と知恵を与えて下さるのです。これぞ、生命力を伴った福音の奥義なのです。

お一人お一人の今日の一日が良い日でありますようにお祈りしています。

 

2018年11月 1日 (木)

再開「尽きない泉」第56号

「尽きない泉」第1号2013//13

再開「尽きない泉」第56号

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諏訪湖畔にある諏訪温泉間欠泉の吹き出し口

 

 聖書 神は、あなたがたを常にすべての事に満ち足りて、すべての良いわざにあふれる者とするために、あらゆる恵みをあふれるばかり与えることのできる方です。

あなたがたは、あらゆる点で豊かになって、惜しみなく与えるようになり、それが私たちを通して、神への感謝を生み出すのです。コリントⅡ9章8,11節。

 主に在って生きる者は、外側は、どんなにおとろえ、色々な影響を受けて、変化しても、心はいつも新鮮で、みずみずしくあるとともに、心の豊かさを失なわないのです。そのような、明るく豊かな明日へのイメージは、将来は更に、必ず、もっと良くなると信じる明るいプラス思考、イメージは、そのように現実に反映するのです。必ず良くなるとの明るいイメージは、確かに、目に見える現実で具体的な収穫、収益、成果に現われるのです。

ですから、心の明るさ、豊かさを保つことがとても大事なのです。

神さまは、信じて祈る祈りに必ず答えて、私たちの心に力を与え、うるおし、心に豊かにしてくださるのです。

 主イエスさまが、お一人お一人の人生を必ず答えてくださることを信じてお祈りしています。

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