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2019年1月の投稿

2019年1月24日 (木)

「尽きない泉」第1903号

「尽きない泉」1号2013//13

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          21日朝の雪景色(玄関前)

「尽きない泉」第1903号

聖書 そのとき足のなえた者は鹿のように飛び跳ね、口に聞けない者の舌は喜び歌う。水が湧き出し、荒れ地に川が流れるからである。
焼けた地は沢となり潤いのない地は水の湧く所となり荒野に、ジャッカルの伏したねぐらは、葦やパピルスの茂みとなる。
イザヤ書3567節。

  神ご自身の栄光のために、その御手が動き始めたとき、人の思いを越えた不思議な新しい御業は始まるのです。
 荒野は通常は作物など期待できない不毛の地なのです。

 しかし、神はその荒野を花が盛んに咲き乱れ、人は喜び楽しむ楽園のごとき豊かな地に変わるのです。およそ、明るい未来など望めないにもかかわらず、神の約束を信じ、神の負いなる祝福を受けたアブラハムの信仰にならって、人生の荒野に挑戦しようとしています。

神さまは、祈りに答えて、力を与え勝利と栄光の確信を与えてくださる事を感謝します。

 おひとりおひとりの上に、勝利の主の御手が置かれるようにお祈りしています。高橋芳昭。

2019年1月23日 (水)

「尽きない泉」第1902号

「尽きない泉」1号2013//13

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            ばら  熱情

「尽きない泉」第1902号

聖書 雄々しくあれ、恐れてはならない。おののいてはならない。あなたの神、主が、あなたの行く所どこにでも、あなたとともにあるからである。ヨシュア19節。

今日の話題 試練は、飛躍のチャンス!ピンチはチャンス!

 モーセの後継者として選ばれ大いに期待されたヨシュアも、普通の人と同じで、弱さを持っていたのです。神さまは、そのヨシュアに心のこもった励ましの言葉を送ったのです。

 主イエスに在って生きている私たちにも、主イエス様は、心を騒がすな!おそれるな!と言っておられるのです。
 素直に弱さを認め、詩篇の作者たちが、神さまに、自分の苦しみ、悩みを訴え祈り、助けを仰ぎ、その都度、助けられているのです。詩篇は、厳しい現実を生きる者の手引書です。

 人生の試練は、神の愛による訓練なのです。弱さをもって生きることは、恥ではないのです。明るい心で、神を賛美しつつ生きましょう。

 試練は、飛躍のチャンスなのです。ピンチはチャンス!私たちは、試練の中で多くの恵みを受けるのです。すべてを益となさる神さまの恵みにより思わぬ道が開かれるのです。神さまは、さらに大きな恵みを与えようとされているのです。

神さまは、永遠です。その恵みと愛も永遠です。見えるところに驚かず、平常心を失わないことです。

おひとりおひとりの今日一日が祝福された良い一日でありますようにお祈りします。高橋芳昭

2019年1月22日 (火)

「尽きない泉」第1901号

「尽きない泉」1号2013//13

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   春の七草 季節を楽しむ日本人の情感の豊かが分かります。

               
     「尽きない泉」第1901号

 聖書 試練に耐える人は幸いである。耐え抜いて良しと認められた人は、神を愛する者に約束された、いのちの冠を受けるからです。
ヤコブ1章12節

 試練に耐える秘訣は、神と交流(祈り)人との交流なのです。

神さまは、試練の中で、温かい眼差しで見守っておられるのです。どんな試練の中でも私たちを孤独、一人ぽっちにはなさらないのです。神さまは、「行くにも帰るにも、今よりとこしえまでも、守ってくださる」のです。

 愛であられる神さまは、交わりを望んでおられるお方なのです。人の心も交流によって満たされるのです。人の脳のために人と交流は大事なのです。さらに、一方通行でなく心を込めた対話は、心の栄養になるのです。

 一番望ましい交流は、顔と顔を合わせての交わりが望ましいのですが、文字だけ、声だけでもいいのです。「尽きない泉」は、文字だけに限られているのですが、出来れば、顔と顔とを合わせての交流を、勿論、望んでいるのです。

 聖書 主ご自身こう言われるのです。「私は決してあなたを離れず、あなたを捨てない。」

主イエス様を知って、主イエスとの対話が始まり、人は深い心の満足感を味わうのです。

 おひとりおひとりとの言葉による交流が、この「尽きない泉」によってますます深まりますように祈っています。高橋芳昭

2019年1月21日 (月)

「尽きない泉」第1900号

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            サフラン

「尽きない泉」第1900号

聖書 あなたは前からうしろから私を取り囲み、御手を私の上に置かれました。そのような知識は私にとってあまりにも不思議、あまりにも高くて及びもつきません。詩篇139篇5~6節。

 神さまの御知恵と力は、人の思いをはるかに越えた及びもつかない不思議としか言えないものです。あのこと、このことと複雑な問題の中を切り抜けていかねばなりません。しかし、心を静めて祈り神さまからの答えを祈り待ち望むとき、神さまは、答えてくださるのです。

自分一人で背負い込み、思い煩わずに神さまの御手に委ねることは、生きて行く知恵なのです。終わってみれば、やはり、最善の結果を見るのです。

この詩は、神さまから教えられた生きる知恵をダビデが書き遺された詩篇です。

今日もお元気で活躍されますようにお祈りします。高橋芳昭。

2019年1月20日 (日)

「尽きない泉」第1899号

「尽きない泉」1号2013//13

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 永く静岡市に住み、冬の空気の澄んだ日に見た富士山が大好き。  今は、諏訪湖が大好きです。

「尽きない泉」第1899号

聖書 しかし、わたしの名を恐れるあなたがたには、義の太陽が上り、その翼には、いやしがある。あなたがたは外に出て、牛舎の子牛のように跳ね回る。旧約聖書マラキ書4章2節。

主イエス様は、私たちの信仰の祈りに答えて、心も体も、ストレスから解放し、癒し、強くしてくださるのです。

私は、まだまだ元気であった頃から、日々,活動する脳を含めた体のすべての部分が、働いてくれていることへの感謝を心掛け、臓器の一つ一つの名を挙げて祈り、これからも、健康で活動してくれるように、また、もし、傷つき病んでいるとしたら癒されるように、気持ちを込めお祈りすることを続けています。

90才まで「尽きない泉」を書き続けられたのも、正に、神さまの恵みといつくしみによるのです。

 共にいてくださる主イエス様は、必ず、祈りに答えてくださいます。金曜日には、ゆるされ温水プールでのリハビリにいってきました。

 終わりまで、主イエスの福音のために元気で働きたいです。子牛が元気で飛び跳ねるように・・。

 おひとり、おひとりの上に神の祝福が豊かでありますように・・。

高橋芳昭。

2019年1月19日 (土)

「尽きない泉」第1898号

「尽きない泉」1号2013//13

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「尽きない泉」第1898号

聖書 神はご自分の大きなあわれみのゆえに、イエス・キリストを死者の中からよみがえられたことによって、私たちを新しく生まれかわらせて、生ける望みを持つようにしてくださいました。ペテロ①1章3節。

 主イエスを信じた時、永遠のいのちを与えられました。その永遠のいのちは、いつまでも続く生きた希望なのです。失望に終わることのない希望なのです。ですから、どんな時にも可能性を信じて前向き生きる力が湧いてくるのです。心に思い描くイメージが結果に大きな影響を及ぼすのです。心は人の体全体の司令塔のようなものです。神のことば聖書を信じる心、明るい心、感謝の心、温かい愛の心、御霊によって強くされた心、これらは人の生き方に、とても良い影響を及ぼすのです。多くの実を結ぶ人生の秘訣です。

 おひとり、おひとりの人生に限りない祝福が注がれますようにお祈りします。高橋芳昭。

2019年1月18日 (金)

「尽きない泉」第1897号

「尽きない泉」1号2013//13

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                  ばら アブラハムダービー

「尽きない泉」第1897号

主を呼び求める者すべて、まことをもって主を呼び求める者すべてに主は近くあられる。また主を恐れる者すべての願いをかなえ、彼らの叫びを聞いて救われる。すべて主を愛する者は救われる。
詩篇145篇18~20節。

 今日も、主イエス様が共にいてくださるのです。これ以上、心強いことはありません。
この詩篇は、王までになり、かつ、多くの苦しみを経験したダビデの作です。そして、神さまに心から感謝し、神の御名をほめたたえているのです。

私たちが生きていること、神からいのちを与えられ置かれている環境を感謝は、どんな時にもどんな事が起きても、忘れてはならない心の奥底にいつもあるべき思いなのです。

今置かれている環境に感謝、家族に感謝、今、経験していることに感謝、与えられている使命に感謝。脳含めた肉体に感謝。感謝は生きる力、生きる喜びであり、実り多い人生につながるのです。

 私たちの望みは、神さまにあるのです。私たちの望みは、無限の可能性を信じる望みなのです。脳も肉体も、神さまの御手の中にあるのです。いくつになってもまだまだ強くなることを信じて、挑戦する日々です。

おひとりおひとりの人生の望みは、神にあるいつまでも続く終わりのない望みなのです。お祈りしています。高橋芳昭。

 

2019年1月17日 (木)

「尽きない泉」第1896号

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                   黄色のバラ      

「尽きない泉」第1896号

聖書 神はどのような苦しみのときにも、私たちを慰めてくださいます。こうして、私たちも自分自身が神から受ける慰めによって、どのような苦しみの中にいる人をも慰めることができるのです。

コリントⅡ1章4節

どんな経験も、決して、無駄にならないのです。神さまは、それを益としてくださるし、解決の道を開いてくださるのです。必ず、その経験を通して強くなり、たくましくなるのです。

苦労のつらさを知っている人は、苦労の中にいる人の心のいたみが分かるので、心からの慰めの言葉を掛けることができるのです。

こうして、御霊により、心に注がれる神の愛により、次々となぐさめの連鎖反応の輪が広がるのです。

 人は、ほめられたり、励まされたりして、認められると元気が出てくるものです。互いにほめましょう。必ず、人には、良いところがあるものです。

神さまは、恵み深いお方であり、私たちを忍耐強く見守っていてくださるのです。愛による慰め励ましは、人の心を生かします。

 おひとりおひとりの上に、恵みと平安がありますように。高橋芳昭。

2019年1月16日 (水)

「尽きない泉」第1895号

「尽きない泉」1号2013//13

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            ばら

「尽きない泉」第1895号

聖書 見よ、わたしは新しい事をする。今、もう起ろうとしている。
イザヤ書43章19節。

神さまは、今までの繰り返しではなく、さらに一歩進んだ、人の思いを越えた御業を行いなさる大能の神さまなのです。 

同時に、今日の事、今のことが、たとい、難しくても、今すべきことに集中して、約束に誠実な神さまは、必ず道を開いてくださる事を信じ期待し祈り待ち望んでいます。

おひとりおひとりに人生の祝福を祈りつつ。高橋芳昭

2019年1月15日 (火)

「尽きない泉」第1894号

「尽きない泉」1号2013//13

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「尽きない泉」第1894号

聖書 この川が流れて行く所はどこでも、その子のむらがるあらゆる生物は生き、非常に多くの魚がいるようになる。この水が入ると、そこの水が良くなるからである。この川が入る所ではすべてのものは生きる。

 川の両岸には、あらゆる果樹が生長し、その葉は枯れず、実も絶えることがなく、毎月新しい実をつける。その水が新しい実をつける。その水が聖所から流れ出ているからである。旧約聖書 エゼキエル47章。

神の御名によって始まった業は、すべて、栄えるし、多くの実を結ぶのです。その行く先には、終りなく続く明るい希望が待っているのです。

主イエス様の御名によって祈り、神さまがいっしょにいてくださることを信じて始めた業は、尽きることなく湧く泉のように、実を結び続けてsわざになるのです。神さま第一、主イエス様中心に生きる人生は祝福を受けるのです。その祝福を神の栄光のために用いる時、さらにさらに祝福されるのです。

おひとりおひとりの今日一も恵みに満たされ、実り多き一日でありますようにお祈りします。高橋芳昭。

2019年1月14日 (月)

「尽きない泉」第1893号

「尽きない泉」1号2013//13

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         雪景色もまた美しい                


「尽きない泉」第1893号

あなたがたがわたしを選んだのではありません。わたしがあなたがたを選んだのです。わたしがあなたがたを選び任命したのです。それはあなたがたが行って実を結び、その実が残るためであり、また、あなたがたがわたしの名によって父に求める者は何でも、父があなたがたにお与えになるためです。ヨハネ15章16節。

 19才の時、救いの恵みに与かり、神さまがそばにいてくださる安心感に心が包まれ、まだまだ無知でしたが、神さまにお祈りする時間が楽しかった頃を思い出します。 勿論、今も祈りは、慰め、くるろぎ、力が湧く心の満たされる神さまとの対話の時なのです。

私の人生は、すべて、神さまに背中を押されて生きてきたように思うのです。神さまは、私のいのちの始めから、私のような月足らずで生まれたようなものに、御心を向けて下さり選んでくださったとしか思えないのです。

生きて来たというより、いのちを与えて生かされてきたのです。それも、神の栄光のため、福音の伝える使命を与えて下さって人生を支えてくださり生かされてきたのです。

 使命を与えて下さった神さまは、多くの実を結び、その使命を終わりまで全うできるように、さらに、信じる力、愛する力、祈る力、強い体力、精神力を必ず与えて下さると信じています。

恵みによって選ばれた光栄に答えるために、これからもつねに前向きな心で、終りまで可能性を信じて生きて、神さまが生きて原いておられることを「尽きない泉」を通して証し続けます。

 おひとりおひとりの上に、今日も豊かな祝福がありますように、主にあって愛を込めてお祈りします。高橋芳昭。

2019年1月13日 (日)

「尽きない泉」第1892号

「尽きない泉」1号2013//13

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              日々、聖書を

「尽きない泉」第1892号

何故なら、神によって生まれた者はみな、世に勝つからです。わたしたちの信仰、これこそ世に打ち勝った信仰です。世に勝つ者とは誰でしょう。イエスを神の子と信じる者ではありませんか。
ヨハネの手紙第一 5章4,5節

 主イエス様の全能の御力を信じて生きることが、あらゆる問題に打ち勝つ秘訣です。使徒パウロは、あらゆる境遇にあっても満ち足りることを学んだと言っているのです。主イエス様を仰いでお祈りしていると力も湧いてくるし、その祈りに神さまは、具体的に、必ず答えてくださるのです。

主イエス様は、はっきり約束されたのです。主イエス様の名によって「祈って求める者は何でも、すでに受けたと信じなさい。そうすればそのとおりになります。」と確約してされているのです。

この年も、先ず、主イエスから目を離さず、見えるところで心を騒がさず、、大胆に勇気をもって、かつ、主の平安を心に抱いて、どのような事があっても、見えるところによらないで、信じて生きる平凡で単純なことが、主から力を与えられて、勝利の人生を生きる基本と考えています。

 おひとりおひとりの人生の勝利を心からお祈りしています。高橋芳昭。

2019年1月12日 (土)

「尽きない泉」第1891号

「尽きない泉」1号2013//13

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       雪道になれるように奮闘中です。

               
              

「尽きない泉」第1891号

聖書 あなたがたの思い煩いを、いっさい主にゆだねなさい。神はあなたがたのことを心配してくださるからです。ペテロ5章7節。


思い悩まない人など
いない筈です。人は皆弱いのです。昨日も書きましたように、中々寝られない時が誰にもある筈なのです。一人で背負い込んでしまえば疲れるのです。

 聖書には、自分の道を委ねよ。自分の重荷をゆだねよ。自分のしようとすることを委ねよ。世の終わりまでいつも共にいてくださる主イエス様に委ねると、疲れが取れて、気持ちが楽になり、元気になり気持ちが前向きになるのです。その結果、実を結ぶのです。

神さまは、心配してくださって、御力と御知恵をもって助けてくださいます。

おひとりのおひとりの上に主の恵みと平安がありますようにおいのりします。

2019年1月11日 (金)

「尽きない泉」第1890号

「尽きない泉」1号2013//13

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           ばら ストロベリー

「尽きない泉」第1890号

聖書 聖徒たちよ。主をほめよ。その聖なるみ名に感謝せよ。夕暮れには涙が宿っていても、朝明けには喜びの叫びがある。私が栄えたときに、私はこう言った。「私は決してゆるがされない。」詩篇30篇4~6節

 人は弱い。誰であっても、どう言うときであっても、心がゆらぐことはある。ダビデも、人間の弱さを感じながらも、ひたすら、神により頼み、そのみ言葉を強く信頼して生きていたに違いがないのです。

時には、心をおおう苦しみに、寝付かれず布団にくるまって、ひたすら、主を仰いでいるといつも間にか眠り、約6時間後には、しっかりした判断力も取り戻し、心は、希望、平安、感謝、そして、心の中に喜びが湧いてくるのです。

この日も、

神の言葉として心にひびいてきたみ言葉を「尽きない泉」で公開しています。 

おひとりおひとりの人生に神の祝福が豊かでありますようにお祈りしています。高橋芳昭。

2019年1月10日 (木)

「尽きない泉」第1889号

「尽きない泉」1号2013//13

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     昨夜、降った雪でおおわれた上諏訪中のグランド

「尽きない泉」第1889号

聖書 しかし、主を待ち望む者は新しく力を得、鷲のように翼をかって上ることができる。走ってもたゆまず、歩いても疲れない。イザヤ40章31節。

聖書の中には、「歩く」と言う言葉がたくさん使われています。歩くことで人は、自分の行きたい所に行けます。ですから、足はとても大事です.足は、体全体を支えるためよく活動し、疲れやすいのです。ですから、足をよく使い鍛える必要があるのです。

その足は使わないと弱くなるので、運動をして鍛えるのですが、歩くことが、一番いい運動になるのです。姿勢を正して、足に合った靴で、なるべく歩幅は広く、早足が良いようです。私のような年令になると難しいのですが、心して挑戦しています。

たかが歩き、されど歩きなのです。元々丈夫な人は過信し、大事にせず、弱い人はあきらめる人が多いです。主イエスの教えによって、心も体も強くされるのです。健康であればこそ、色々な事ができるのです。もっと体を大事にしましょう。

 祈り待ち望むとき主が与えて下さる新しい力は、歩いても疲れない力なのです。

おひとりおひとりの健康が守られるようにお祈りしています。高橋芳昭。

2019年1月 8日 (火)

「尽きない泉」第1888号

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    外からの何かの圧力で変形したけやきの古木。た                

「尽きない泉」第1888号

聖書 私は身を横たえて、眠る。私はまた目をさます。主が支えてくださるから。私を取り囲んでいる幾万の民をもわたしは恐れない。
詩篇3篇5節。

 私たちは、いつも目に見えない敵の大軍に取り囲まれているのです。それは、心と体を傷つける強敵「ストレス」なのです。そのストレスから身を守るために、体の中の免疫細胞が懸命に働いて、外敵から守ってくれているのですから、それを応援するために眠ること、休むことを大事にすべきです。その御力で支えてくださる御神を信頼しきって、み腕の中で安心して眠りましょう。

 私は、自分の年齢を考えて6~7時間は必要と思っているのです。

神さまは、夜を造り、睡眠休息を取ることの大切さを教えておられるのです。たとえ、忙しくても休むこと、寝ることは必要です。主イエス様もわたし平安を与えると言われました。心を騒がすな、恐れるな。と言われ、ストレスに弱い私たちを励ましてくださったのです。

 おひとりおひとりに、神さまよりの祝福をお祈りします。高橋芳昭。

「尽きない泉」第1887号

「尽きない泉」1号2013//13

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                   シクラメン

「尽きない泉」第1887号

聖書 私はいつも、私の前に主を置いた。主が私の右におられるので、私はゆるぐことはない。それゆえ、私のこころは喜び、私のたましいは喜んでいる。私の身もまた安らかに住まおう。詩篇16篇8節9節。

主イエスさまは、私たちのそばにいてくださるとともに、心の内にもいてくださるのです。そして、人は、喜びと安らぎに満たされ、体の働きも脳の働きも良くなるのです。精神的に弱ったり、ストレスで心が疲れると体調をくずしたりするのです。主イエス様から尽きることなく湧くいのちの泉は、人の心も体も癒すのです。人は誰もが、心の弱さ、体の弱さをもって生まれて来たのです。心の安らぎは、生きる力の源泉なのです。

忍耐力も、集中力も、包容力も、寛容さも、優しさも、心の安らかさか生まれるのです。

今日も、おひとりおひとりに主の恵みと平安が豊かに注がれますようにお祈りします。

2019年1月 7日 (月)

「尽きない泉」第1886号

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      今朝の上諏訪キリスト教会の礼拝
 


「尽きない泉」第1886

 神は真実な方ですから、あなたがたを、耐えられないほどの試練に会わせることはなさいません。むしろ、耐えられるように、試練とともに脱出の道も備えてくださいます。コリント第一の手紙 10章13節。

さまは、使命を与えなさるときに、必ず、その与えた使命の達成のために必要な力と知恵を次々と与えて下さるのです。神さまは、信じて生きる者が行く道は必ず、開かれるのです。御霊によって、私たちの心に注がれる神の愛に励まされ、元気を与えられて、前に進むことができるのです。

 信じて生きる者の道は、必ず、開かれるのです。神のみ言葉に対する強く堅い信頼、神と人への温かい愛、どこまでも可能性を信じて生きる生き方に前向きに挑戦して生きて行きたいです。

 おひとりおひとりの上に、神よりの豊かな祝福がありますようにお祈りしています。高橋芳昭。

2019年1月 6日 (日)

「尽きない泉」第1885号

「尽きない泉」1号2013//13

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         ばら ブルームーン                

「尽きない泉」第1885号

 信仰がなくては、神に喜ばれることはできません。神に近づく者は、神がおられることと、神を求める者には報いてくださる方であることを信じなければならないのです。へブル11章6節。

 神さまへの強い信頼をもって生きるとき神さまは、その信仰を良しとし認め義なるものとして認めてくださるのです。

アブラハムは、望みえない時に望みを抱いて信じました。彼は、信仰によって神を疑うような事をせず、反対に、信仰がますます強くなって神に栄光を帰し、神には約束されたことを成就する力があることを堅く信じました。だからこそ、それが彼の義とみなされたのです。

 神さまは、私たちが信じた時、必ず、報いてくださるのです。神さまには、約束されたことを成就する力も、またお持ちになるのです。

もっともっと神さまを信じ、すべてのことを感謝し、すべてについて前向きに、終りまで可能性を信じて挑戦する人生を終わりまで全うしたいのです。福音のため、終りまで、神を愛し、人を愛する心で、「尽きない泉」を書き続けたいのです。御霊をもって、内なる人を強くしてくださる神の御力を信じて・・・。

 今日もおひとりおひとりにじんせいに神さまの豊かな祝福がありますようにお祈りしています。高橋芳昭。

2019年1月 5日 (土)

「尽きない泉」第1884号

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「尽きない泉」第1884号

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聖書 測り綱は、私の好む所に落ちた。まことに、私へのすばらしいゆずりの地だ。詩篇16篇6節。

 今、置かれている環境も、今、経験しようとしている課題も、私をさらに強くしようとする神さまの素晴らしく深い意味のある御心なのです。

祈った願いをすでに得たと信じるならば、そのとおりになると、主イエス様は力強く仰せになりました。

信じる者を恥ずかしめなさらない神さまを、なお信じて課題に挑戦します。神の栄光のためです。そして、福音のためです。

おひとりおひとりの上にかの豊かな祝福がありますようにお祈りします。

高橋芳昭。

 

2019年1月 4日 (金)

「尽きない泉」第1883号

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「尽きない泉」第1883号

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  自然は美しい!心が安らぐ。空、水、植物、庭師さんの感性も!

聖書
神は光を昼と名付け、やみを夜と名づけられた。夕あり、朝があった。第一日。創世記1章5節。

 神さまは、一日を昼と夜に分けられました。昼と夜、とても意味深い分け方です。一日に、活動の昼があり、休息の夜があるのです。働くときは、働き、休むときは休む、集中とけじめです。白か黒かという事もありますが、それは別の話です。なんとなく中途半端はいけないという事です。

 働くときはしっかり働き、食事も大事、楽しむときは集中して楽しくその時間は過ご自自分と他人は、互いに認め合い尊重し合うのです。

・・というように、私は、聖書から教えられました。

 静岡に比べ、諏訪は、ずっと寒いです。でも、その地、その地の気温の差もまた神がお造りになったのです。置かれた地を楽しみます。感謝です。

 おひとりおひとりの今日一日がみのり多き一日でありますようにお祈りします。高橋芳昭。

2019年1月 3日 (木)

「尽きない泉」第1882号

「尽きない泉」1号2013//13

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                 早朝の玄関前に積もった雪景色


「尽きない泉」第1882号 

聖書 しかし、主よ。私はあなたを信頼しています。私は告白します。あなたこそ私の神です。私の時はあなたの御手の中にあります。私を敵の手から、追いせまる者の手から救い出してください。御顔をあなたのしもべの上に照り輝かせてください。あなたの恵みによって私をお救いください。詩篇31篇14~16節。 

人は、皆、時間の中で生きています。その始まりも、その終わりも神さまの御手の中にあるのです。私たちのことを心配してくださる神さまの御手に思い煩うことなく、信じて、委ねることが一番安心なのです。神さまは、必ず、より良い結果に導いてくださるのです。

心に安らぎがあると、人の肉体も、脳も良い状態のなるのです。ついでに、付け加えれば、喜び、笑うことは、脳の状態をよりよくするのです。 

聖書 あなたの始めは小さくとも、その終わりは、はなはだ大きくなる。ヨブ記8章5~7節

 おひとりおひとりの今日という大事な時間が実り豊かでありますようにお祈りしています。高橋芳昭。

2019年1月 2日 (水)

「尽きない泉」第1881号

「尽きない泉」1号2013//13

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「尽きない泉」第1881号

 聖書 ですから、私たちは勇気を失いません。たとい私たちの外なる人が衰えても、内なる人は日々新たにされています。コリントⅡ4章16節。

 今日1月2日は、私の90才の誕生日です。早朝の祈りの中で、主イエス様をしっかり見上げ、主が共におられることを確かめ、第一歩を確信を踏みだしました。

神さまが、御霊により、私の心に神の愛を注いでくださることは、本当に感謝です。一日一日新鮮な気持ちと新しい意欲に心を燃やして、新しい朝を迎えられることは本当に感謝です。

 生きるにしても、死ぬるにしても、唯々、主の福音のためです。命を永らえさせていただいているのは、福音のため以外にありません。

 加齢に伴ういろいろな弱さにも失望せず、今年も感謝しながら前向きにすべてについて勇気をもって、しかしあせらず、挑戦してまいります。

 この年も、ますます心を熱くして、主イエスさまの福音を伝えるために、「尽きない泉」を書き続け、使命を終わりまで全うしたく強く願っています。

 家族を始めとして、多くの方々のお祈りを、ぜひお願いします。

年頭に、主にある愛と真心を込めて・・・高橋芳昭。

 

「尽きない泉」第1881号

「尽きない泉」1号2013//13

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「尽きない泉」第1881号 

聖書 ですから、私たちは勇気を失いません。たとい私たちの外なる人が衰えても、内なる人は日々新たにされています。
コリントⅡ4章16節。

 今日1月2日は、私の90才の誕生日です。主イエス様をしっかり見上げ、主が共におられることを確かめて第一歩を確信を与えられて、踏みだしました。そして、御霊により、私たちの心に神の愛を注いでくださることは、本当に感謝です。一日一日新鮮な気持ちと意欲に心を燃やして、新しい朝を迎えられることは本当に感謝です。

 生きるにしても、死ぬるにしても、唯々、主イエス様の福音のためです。命を永らえさせていただいているのは、福音のため以外にありません。

 加齢に伴ういろいろな弱さにも失望せず、今年も感謝しながら前向きにすべてについて挑戦してまいります。

 神さまへの朝の祈りを始めとして、常に、祈りつつ。主にあって喜びを絶やさないようにします。この年も、ますます心を熱くして、主イエスさまの福音を伝えるために、「尽きない泉」を書き続け使命を終わりまで全うしたく強く願っています。

 家族を始めとして、多くの方々のお祈りもぜひお願いします。
年頭に、主にある愛と真心を込めて・・・高橋芳昭。

 

2019年1月 1日 (火)

「尽きない泉」第1880号

「尽きない泉」1号2013//13

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「尽きない泉」1号2013//13

「尽きない泉」第1880号

 

聖書 先の事を思い出すな。昔のことを考えるな。見よ。わたしは新しいことをする。今。もうそれが起ころうとしている。確かに、わたしは荒野に道を、荒地に道を設ける。野の獣、ジャッカル、ダチョウも、わたしをあがめる。私が荒野に水を湧き出させ、荒れ地に川を流し、わたしの民、わたしが選んだものにのませるからだ。わたしのために造ったこの民は、わたしの栄誉を述べ伝えよう。イザヤ43章18~21節

 明けましておめでとうございます。2018年の頁はめくられ、新しく2019年の頁になりました。今日までの数えきれない多くの恵みに感謝いたします。思いを越えた大いなる御手の業を強く期待しながら、自らも更なる進歩向上を熱望しつつ新しい年を迎えました。人生は一歩一歩、一瞬一瞬の積み重ねです。人生とは、一日一日にすべきことに力を傾け集中して、精一杯生きることです。神さまは、過去ではなく、今日を高く評価し報いてくださるのです。つまり、実り多い人生を送らせてくださるのです。

ご家族の皆様方のこの一年の神さまよりの祝福を心よりお祈りします。

 

今年も「尽きない泉」を引き続きよろしくお願いします。正に、「尽きない泉」の名に相応しく、日々、聖書の新鮮なメッセージを変わらず、喜びととともに、お届けできるように、心を傾けて書き続けます。

 聖書。わがたましいよ。主をほめたたえよ。主の良くしてくださったことを何一つ忘れるな。詩篇103篇2節。

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