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2019年3月の投稿

2019年3月31日 (日)

「尽きない泉」1,949号

「尽きない泉」1号2013//13
「尽きない泉」1,949号 3月31日(日)

水仙

聖書 あなたがたがわたしを選んだのではなく、わたしがあなたがたを選び、任命しました。
それはあなたが行って実を結び、その実が残るようになるため、また、あなたがたがわたしの名によってわたしに求めるものをすべて、父が与えて下さるようになるためです。ヨハネ15章16節。

自分の人生は、自分で考え、選んだのではなく、神さまから与えられた人生なのです。神さまに選ばれ、任命された価値のある尊い人生なのです。神さまから授かった人生であり、神の恵みの御手に導かれている人生なのです。

今日も、目覚めるとともに、先ず、神さまを仰ぎ、私を選んでくださったイエス様を確かめることで、一日が始まります。今も生きて働いておられ、私たちの祈りに必ず答えてくださる事を、今日の活動の大きな原動力として、可能性をどこまで信じ、その実現の夢を描いて明るく生きて行きたい。

「尽きない泉」をお読みくださるすべての方々の上に、神の祝福が豊かに注がれますように心からお祈りします。また、病いや厳しい現実と戦っておられる方々が守り助けられますようにお祈りしています。
高橋芳昭。

2019年3月30日 (土)

「尽きない泉」1,948号

「尽きない泉」1号2013//13
「尽きない泉」1,948号 3月30日(土)

裏庭にたくさん出てきた蕗の薹

聖書 まず神の国と神の義を求めなさい。そうすれば、
これらのものはすべて、それに加えて与えられます。
 マタイ633節。

一人の人の人生でも、色々な時、色々な日があるのです。

その中で、今日のみ言葉は、私たちの人生の大切な土台なのです。
mazu神さまを第一とし、神さまが、いつも、いっしょにいてくださる事を確信して生きるのです。

朝の時間は大切です。たとえ短い時間でも、聖書を読み、心を静めて、
先ず、神さまをあがめ、神さまに祈り、聖書を読み、神さまに感謝することを習慣づけたいのです。
朝の祈り、就寝前の祈り、一日3回の食事ごとの祈りなど、祈りから始まり、
祈りに終わる生活の継続が、私たちの生活や人間形成に、必ず、大きな影響を与え、
祝福された人生が生まれるのです。

この「尽きない泉」で取り上げた、聖書のみ言葉により、病の床にある方々、
試練の中におられる方々の上に神よりの祝福が豊かにありますように心からお祈りします。
高橋芳昭。

2019年3月29日 (金)

「尽きない泉」1,947号

「尽きない泉」1号2013//13
「尽きない泉」1,97号 3月29日(金)

信州のリンゴは美味しい。


聖書 望みを抱いて喜び、苦難に耐え、ひたすら祈りに励みなさい。ロマ1215節。

アブラハムは、望みない状況の中で、なお、神さまの約束を信じ、
その成就、実現を信じ、待ち望み、そのとおりになったのです。

これぞ、主イエスに在る生き方なのです。神のみ言葉である聖書の言葉を、そのまま生きるのです。
主イエスに在って生かされている者には、希望があります。希望の実現を信じ、
前向きな明るい気持ちになり、生きている喜びを味わいつつ生きるのです。

生きていること、生かされていること素晴らしいことと思い、感謝して生きるのです。
言われたからではなく、進んで喜んで生きるのです。希望をもち、その希望に生きるのですが、
困難があっても耐え、祈りは、必ず答えられることを信じて生きる力を与えて下さるのです。
苦難に耐えた者への神さま報いの豊かさを思うと喜びが湧いてくるのです。

この時も、病いの床にある方々、厳しい試練の中にある方々に神のいやしと慰めがありますように、
そして、「尽きない泉」を読んでくださるおひとりおひとりに、神の愛が注がれ、
その人生が、祝福豊かでありますようにお祈りしています。高橋芳昭。

2019年3月27日 (水)

「尽きない泉」1,946号

「尽きない泉」1号2013//13
「尽きない泉」1,946号 3月27日(水)



しかし、わたしが与える水を飲む人は。いつまでも、決して渇くことはありません。
わたしが与える水は、その人の内で泉となり、永遠のいのちの水が湧きでます。
ヨハネ414節。


いつまでも、決して。渇くことはないのです。どのような事があっても、
人の心を生かし、うるおし、豊かにするいのちの水なのです。
いつも元気、いつも明るい、どんな事でも決してあきらめない、
人は、失敗したり、転んだりしながら、強くなり、かしこくなるのです。


人生は奥深いのです。色々な苦労を重ねることで、心の広い人になり、
人の苦しみが分かる人になるのです。


私は、いつまでも、元気で長生きし、「尽きない泉」を書き続けたいのです。
この様な強い思いも、主イエス様を信じた時に与えられる永遠のいのちが、
心の中で泉となって湧き続けているからです。


 昨日は、諏訪湖全体が見渡せる立石公園まで、始めて歩いて上り、下りに挑戦しました。
祈りと願いが叶いました。この季節は人も少なく、たくさん写真も撮りました。
達成感で満ち足りた思いで過ごしました。主のみ名をあがめ、感謝します。


病いの床で戦っている方々、人生の現実に疲れておられる方々と、
慰め豊かな神さまが、共にいて、必ず、助けてくださる事を信じ、お祈りしています。
高橋芳昭。

2019年3月26日 (火)

「尽きない泉」1,943号 

「尽きない泉」1号2013//13



湖岸の桜は、まだまだです。


「尽きない泉」1,943号 3月26日(火)


 聖書 天地は消え去ります。しかし、わたしの言葉は決して消え去りません。
マルコ1331節。


・・・ですから、信頼し、安心していられるのです。


日々時間が過ぎると共に見える物は、絶えず古くなります。
しかし、主にあって生きる私たちの心は、新しくされるのです。
神のなされた祝福の契約は、決して変わることはありません。
神の愛も永遠です。主イエスにある希望の光は消えません。
お祈りした求めは、すでに聞かれているのです。神のみ言葉である聖書は、
永遠に変わらないのです。有難いことです。


この「尽きない泉」を読んでくださるおひとりお一人の上に
神さまよりの祝福が注がれますように、心から、お祈りしています。
また、病いの中にある方々、厳しい試練の中にある方々に、
主イエス様の慰め、いやし、助けが与えられるように祈ります。高橋芳昭。

2019年3月25日 (月)

「尽きない泉」1,943号

「尽きない泉」1号2013//13

湖岸に立つ一本杉

「尽きない泉」1,944号 3月25日(月)

神は言われます。恵みの時に、わたしはあなたに答え、救いの日にあなたを助ける。
見よ、今は恵みの時、今は、救の日です。コリントⅡ、62節。

ちょうど良いことでも、ちょうど良い時に行わないと意味がなくなることがあるのです。
神さまのなさることは、いつも、ちょうど良い事を、ちょうど良い時に、
私たちの益となるように事を運んでくださるのです。

私たちは、その日、その日になすべきことを、前日、或は、その日の早朝に、
神さまの導きを祈り求める習慣が大切です。祈り、願いを、ひたすら乗り求め、
待ち望んでいると、神さまは、ちょうど良い時に、ちょうど良い形で、求めを実現してくださるのです。

どんな行動も、必ず、タイミング、チャンスがあるのです。
いつも時間を意識して生きることは、とても大切です。
私たち事を心配してくださる神さまは、今日も、ちょうど良い時に恵みに満ち、
時にかなった救いの手を差し伸べ、必要を備え、私たちを守ってくださる事を信じ、
一日を過ごします。何としても、体力をもっと強くしたいとの祈りはすでに
答えられていることを信じて、今日も元気に楽しく歩きます。感謝です。

色々な厳しい人生の現実と戦っておられる方々のために、
心から主の助けを仰ぎ、お祈りしています。高橋芳昭。

2019年3月24日 (日)

「尽きない泉」1,944号

「尽きない泉」1号2013//13
「尽きない泉」1,944号 3月24日(日)

いつも利用する長い階段のそばにある岩石。

聖書 愛する者よ。あなたのたましいが幸いを得ているように、あなたがすべての点で幸いを得、
また健康であるように祈ります。ヨハネの手紙 第三 2節。

今まで、色々な事があったが、この年令まで、神さまは、守ってくださった事、
多くの方々のお世話になったこと本当に感謝です。
19才で神さまと永遠を信じることをゆるされ、祈る喜びが分ったのです。
人として、自分の生命は、神さまから与えられた生命であり、
一人の人間として選ばれて生まれて来た自分であること、
生かされている自分であることも分かり、今日まで、神さまにお祈りしつつ、
自分らしい、自分の道を生きてきました。

どうしても、健康で長生きしたいのです。
神さまは、今までの願いと祈りにお応えくださって、大分体力がついて来ました。
昨日も、相当の距離歩きましたが、疲れを感ぜず歩きました。

日々続けている家族、親族、知人、友人のための祈り、
試練と戦っておられる方々のために祈り続けるためにも、健康でありたいのです。

皆様方の今日一日が良い一日でありますように・・。

高橋芳昭

2019年3月23日 (土)

「尽きない泉」1,943号 

「尽きない泉」1号2013//13

「尽きない泉」1,943号 3月23日(土)

聖書 そして、神の栄光にあずかる望みを喜んでいます。
それだけでなく、苦難さえ喜んでいます。それは、苦難が忍耐を生む出し、
忍耐が練られた品性を生み出し、練られた品性が希望を生み出すと私たちは知っているからです。
この希望に終わることはありません。なぜなら、私たちに与えられた聖霊によって、
神の愛が私たちの心に注がれるからです。
ローマ人への手紙 52~5節。

苦難は決して喜ばしいものではありません。しかし、苦難は、また、決して、
私たちにとって無駄にならずプラスになるものなのです。
ヨットは、逆風を活用して前に進むのです。そして、苦難の中で、特に、
神の愛を私たちの心に注いで慰め、励ましてくださり、力づけてくださるのです。

苦難の時ほど、多く教えられ、多く力を与えられる 多く収穫を得るのです。
苦難は、人生の宝です。この宝を「宝の持ちぐされ!」とせず、もっと活用すべきです。

 苦難の中にこそ、主イエス様は、私たちといつも、いっしょにいてくださるのです。

人生の厳しい課題の中にいる方、病いの床におられる方、
その様な方々に神の慰め、守り、助けがありますように祈ります。

「尽きない泉」をお読みくださる方々、感謝します。よろしくお願いします。
高橋芳昭。

2019年3月22日 (金)

「尽きない泉」1,942号

「尽きない泉」1号2013//13

チュウリップです。

「尽きない泉」1,943

号 3月22日(金)

聖書 私たちは、この宝を、土の器の中に入れているのです。それは、
測り知れない力が神のものであって、私たちから出たものでないが明らかにされるためです。
コリントⅡ47節。

主イエス様を信じた者の心に与えられた永遠の生命、信仰、愛、希望は、
正に、宝と言うべきものです。信じた私たちの心と生活、
そして、人生そのものを変えてしまうほどの力があるのです。

人は何のために生きているのか?は、
古今東西、すべての人の共通の生涯にわたる課題です。生きて行く意味、
働く意味、試練における苦難の意味を聖書は、教えているだけでなく、
生きる力、意欲、情熱も与えてくれるのです。

神への祈りには、私たちの思いを越えた大きな力があるのです。

聖書は、神の言葉であり、その言葉には、人の心と人生を変える大きな力があるのです。
「尽きない泉」は、そのいのちの言葉を伝えるため書き続けているのです。
これはまた私の夢です。夢の実現を強く信じています。

今、この時も、人生の厳しい現実の中にいる方、病いの床にある方、
その様な方々に神の慰め、守り、助けがありますように祈ります。

「尽きない泉」をお読みくださる方々、感謝します。お幸せを心よりお祈りします。

高橋芳昭。

2019年3月21日 (木)

「尽きない泉」1,942号

「尽きない泉」1号2013//13
「尽きない泉」1,942号 3月21日(木)

聖書 私は、すでに得たのではなく、完全にされているのでもありません。
ただ捕えようとして追及しているのです。それを得るようにと、
キリスト・イエスが私を捕えてくださったのです。ピリピ312節。

この年になるまで、世の中で、多くの人生経験をさせていただきました。
この世は、他では学べない人生大学なのです。この大学で、
経験しなければ身に付かない多くのことを学び、この道を、なんとしても、
まだまだ、足らざること多く試行錯誤続く日々で、行き過ぎたり、
足りなかったりしています。

元気で長生きしたい夢を実現するための挑戦をしているこの頃です。
今日も、病める方々、厳しい現実の中におられる方々のために、神さまの慰めといやしを心からお祈りしています。

「尽きない泉」お読みくださる方々の健康とお幸せを心からお祈りします。高橋芳昭。

「尽きない泉」1,941号 3月21日(木)

「尽きない泉」1,941号

「尽きない泉」1号2013//13
「尽きない泉」1,91号3月19日(火)

聖書 与えられる神の大能の働きによって私たち信じる者に働くすぐれた力が、
どれほど偉大なものであるかを知ることができますように。エペソ119

神さまは、聖書を通して、私たち人間に、生きる知恵と力を与えようとされているのです。
聖書は、知恵の書です。信じる力、祈る力、愛する力、忍耐する力、考える力などなど、
人が生きて行くためには、色々な力が必要です。現実生活でも、仕事をこなす体力、
知恵、計算す力が必要、さらに、人と上手にお付き合いする力、
コミュニケーション能力など、例を挙げればきりがない。主イエス様は、それらのすべてを与えて下さるのです。

神さまは、人に知恵を与えて下さいました。それよって、経験から生きる知恵を生み出し、
多くのことわざや格言をつくってきました。これも尊いことです。

今日も、お祈りと聖書の言葉から力を与えられ,良い一日となりますようにお祈りしています。
また、病いの中にある方々の上に、神さまの慰めと癒しの御手が重くおかれますようにお祈りします。アーメン。
高橋芳昭。

「尽きない泉」1,941号3月19日(火)

「尽きない泉」1号2013//13
「尽きない泉」1,91号3月19日(火)

聖書 与えられる神の大能の働きによって私たち信じる者に働くすぐれた力が、
どれほど偉大なものであるかを知ることができますように。エペソ119

神さまは、聖書を通して、私たち人間に、生きる知恵と力を与えようとされているのです。
聖書は、知恵の書です。信じる力、祈る力、愛する力、忍耐する力、考える力などなど、
人が生きて行くためには、色々な力が必要です。現実生活でも、
仕事をこなす体力、知恵、計算す力が必要、さらに、人と上手にお付き合いする力、
コミュニケーション能力など、例を挙げればきりがない。
主イエス様は、それらのすべてを与えて下さるのです。

神さまは、人に知恵を与えて下さいました。それよって、
経験から生きる知恵を生み出し、多くのことわざや格言をつくってきました。これも尊いことです。

今日も、お祈りと聖書の言葉から力を与えられ,良い一日となりますようにお祈りしています。
また、病いの中にある方々の上に、神さまの慰めと癒しの御手が重くおかれますようにお祈りします。アーメン。
高橋芳昭。

「尽きない泉」1940号3月18日(月)

「尽きない泉」1号2013//13
「尽きない泉」1940号3月18日(月)

お断り、ココログのメンテナンスで遅れました。

聖書 私はほめたたえます。助言をくださる主を。
実に、内なる思いが私を教えます。

 わたしはいつも、主を前にしています。主が私の右におられるので私はゆるぐことはありません。
それゆえ、私たちの心は喜び、私たちの胸は喜びにあふれます。
私の身も安らかに住まいます。詩篇167~9節。

どんなときにも、どんな所でも、主により頼む私たちから離れなれず、見捨てない方なのです。
ですから、主イエス様は、心を騒がさないように、恐れないように、
安心するようにと言われました。主イエス様が与えると言ってくださったゆるぐことのない平安は、
生きる力になり、元気になるのです。そして、その平安は、
信じるすべての人々に与えられるのです。聖書の言葉は、いのちの言葉です。
人の心を生かし、力を与えるのです。自分は独りではないのです。
主イエス様という本当に頼りになる救い主であり、避け所であり、すぐそばにいてくださる友なのです。
今も生きて働いておられ、私たちといっしょにいて信じる者を用いて栄光を現わしてくださるのです。

今日も病いの中におられる方、強い孤独を感じておられる方、お一人お一人に神の慰めがありますように心からお祈りします。

「尽きない泉」を読んでくださるすべての方々への神の豊かな祝福がありますようにお祈りしています。高橋芳昭。

「尽きない泉」1,942号 3月21日(木)

「尽きない泉」1号2013//13


「尽きない泉」1,942号 3月21日(木)

聖書 私は、すでに得たのではなく、完全にされているのでもありません。
ただ捕えようとして追及しているのです。それを得るようにと、
キリスト・イエスが私を捕えてくださったのです。ピリピ312節。

この年になるまで、世の中で、多くの人生経験をさせていただきました。
この世は、他では学べない人生大学なのです。この人生
大学で、
人生の
経験を積まなければ身に付かない多くのことを学び、
この道を、なんとしても、まだまだ、
至らなく試行錯誤続く日々で、行き過ぎたり、足りなかったりしています。

元気で長生きしたい夢を実現するための挑戦をしているこの頃です。
主イエス様は、こんな私を取られて鍛えて下さっておられることは、
本当に感謝です。

今日も、病める方々、厳しい現実の中におられる方々のために、
神さまの慰めといやしを心からお祈りしています。

写真掲載は、少し日にちをください。

「尽きない泉」お読みくださる方々の健康とお幸せを心からお祈りします。
高橋芳昭

2019年3月20日 (水)

「尽きない泉」1,941号

「尽きない泉」1号2013//13

「尽きない泉」1,91号 3月20日(水)

聖書 主の聖徒たちの死は主の目に尊い。詩篇1165節。

人生は、いつかは終わります。人のいのちは永遠ではない。そして、その終わりの日に、
その人の本当の価値が現れるのです。聖徒とは、主の恵みといつくしみを受け、
生きている人たちを指します。
終わり良ければすべてよし・・世の中のことわざにあります。
自分の人生の終わりを意義深い評価を受けて終わるような人生を送りたいのです。
人生の終わりを、神さまにほめていただけるような生き方をしたいのです。悔いのなく、
走り抜き、自分の人生を感謝しつつ終わりたいのです。

90才になった今、自分の生き抜いた道は、確かに足りないことのみではあるが、
悔いのない感謝の人生です。
ゴールの近づいているこれからが勝負なのです。ただただ神さまの助けを仰いでいます。

今、人生の厳しい現実の中にいる方、病いの床にある方、その様な方々に思いを馳せています。
神の慰め、守り、助けがありますように祈ります。

  • 「尽きない泉」をお読みくださる方々、感謝します。お幸せを心よりお祈りします。高橋芳昭。

2019年3月19日 (火)

尽きない泉」1,942号

 

2019年3月18日 (月)

「尽きない泉」第1,940号

「尽きない泉」1号2013//13

Photo
          サイネリア

「尽きない泉」第1,940号 3月18日(月)

聖書 私はほめたたえます。助言をくださる主を。
実に、内なる思いが私を教えます。
 わたしはいつも、主を前にしています。主が私の右におられるので私はゆるぐことはありません。それゆえ、私たちの心は喜び、私たちの胸は喜びにあふれます。私の身も安らかに住まいます。詩篇167~9節。

どんなときにも、どんな所でも、主により頼む私たちから離れなれず、見捨てない方なのです。ですから、主イエス様は、心を騒がさないように、恐れないように、安心するようにと言われました。主イエス様が与えると言ってくださったゆるぐことのない平安は、生きる力になり、元気になるのです。そして、その平安は、信じるすべての人々に与えられるのです。聖書の言葉は、いのちの言葉です。人の心を生かし、力を与えるのです。自分は独りではないのです。主イエス様という本当に頼りになる救い主であり、避け所であり、すぐそばにいてくださる友なのです。

今も生きて働いておられ、私たちといっしょにいて信じる者を用いて栄光を現わしてくださるのです。

今日も病いの中におられる方、強い孤独を感じておられる方、お一人お一人に神の慰めがありますように心からお祈りします。

「尽きない泉」を読んでくださるすべての方々への神の豊かな祝福がありますようにお祈りしています。高橋芳昭。

2019年3月17日 (日)

「尽きない泉」第1,939号

「尽きない泉」1号2013//13

Photo     こぶし 春に先駆け咲く花。
     懐かしいし静岡城北公園で写す。

「尽きない泉」第1,99号 3月17日(日)

聖書 しかし、主を待ち望む者は新らしく力を得、鷲のように、翼を広げて上ることができる。走っても力おとろえず、歩いても疲れない。イザヤ4041節。

歩いたり、走ったりするためにある足は、移動のためだけにあるのではなく、体を鍛え健康維持のためにあるのです。聖書は、歩くこと、走ることを大事なこととしているのです。事実、坂道など上る時、相当エネルギーを使うし、特に高齢者には負担なことも確かですが、体力を維持するだけでも、挑戦する必要があるのです。行動を起こし、それを続けていると習慣になり、やがて、身に付くのです。

このことは、神さまを信じて生きる信仰生活も、この世の事も、同じで、始めからうまく出来なくても、あきらめず続けているうちに、少しづつ向上するのです。その都度、神さまの助けを求めるのです。神さまは新しい力を与えて下さいます。

食べることも、美味しく食べるためとともに、健康維持に必要だから食べるのです。二重の意味があるのと同じなのです。

とにかく、歩くための時間を作って歩きましょう。多く蒔く者が、多く収穫するのです。

おひとりおひとりの幸せを祈りつつ・・高橋芳昭。

2019年3月16日 (土)

「尽きない泉」第1939号 2019/316

尽きない泉」第Ⅰ号 2013/4/13

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                         色々なシクラメン

           「尽きない泉」第1939号 2019/316

 聖書 あなたがたの思い煩いをいっさい神にゆだねなさい。神があなたがたのことを心配してくださるからです。ペテロ第一 5章7節。

 昨日は、重荷をゆだねる、でした。今日は思い煩いです。いっさい、すべて、残りなく、思い煩いのありのままを、神さまにお委ねするのです。

 人生で、自分の心の内のすべてを聞いていただける友である主イエス様とめぐり会ったことは、最高の幸せなのです。

 弱さは、誰にもあります、時には疲れて安らぎが必要なことがあっても、主イエス様が、いつも、どこでも、いっしょにいて平安を与えてくださるのです。

 今のこの時も、厳しい病いと戦っている人、孤独に心を痛めている人などのために、神さまの助けとみ守りを心からお祈りしています。

 なお多くの方々が、この「尽きない泉」読んでくださり、み言葉が広く伝わりますようにお祈りしています。高橋芳昭。

 

2019年3月14日 (木)

「尽きない泉」第1,938号

「尽きない泉」1号2013//13

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      ばら

「尽きない泉」第1,938号 3月14日(木)

聖書 私たちは見えるものによらず、信仰によって歩んでいます。
コリントⅡ 57節。

心は、新しくなっても、加齢による老化は、当然起きてくるのです。その事に挑戦し、いつまでも,元気で主イエス様の福音のために、なお、みずみずしくいたいのです。また、「尽きない泉」を書き続けながらも、生きていることをもっと楽しみたいのです。元気でいるだけでなく、色々な事を楽しんで生きて行きたいのです。

日々、心を熱くし、祈りに励みます。自分のために祈り、自分の内面を強くし、主にあって自己を確立し、そして、各地の教会と働き人のため、また、家族、親族、知人、友人のため、病める方、厳しい現実の中におられる方に思いを馳せつつ祈る生活を、老いてなお、みずみずしい心で送りたいのです。

心身を鍛えるために、諏訪特有の長い坂道の上り下りを、数字を挙げた方が励みになるので平均5千歩という具体的な目標を立て励んでいます。

今日も、「尽きない泉」を読んでくださる方々のために、神さまよりの祝福をお祈りします。高橋芳昭。

2019年3月13日 (水)

「尽きない泉」第1,937号 

「尽きない泉」1号2013//13

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       てっぽう百合

「尽きない泉」第1,937号 3月13日(水)

聖書 神はあなたがたを、常にすべてのことにおいて満ち足りて、すべての良いわざにあふれる者とするために、あらゆる恵みをあふれるばかり与えることのできる方です。コリントⅡ 98節。

神さまのなさることは,すべてのことで、いつも、変わらないのです。いつも同じなのです。人間は、その時の状況で変わることがあるが、神さまは、不変不動です。イエス・キリストは、いつも変わらないのです。その様な方がいっしょにいてくださって、あふれる祝福をもって、あらゆる恵みをあふれるほど与えて下さるのです。

物事は続けると結果が出るのです。継続が力を生み、結果が出るのです。ですから、主イエス様を信じて生きる私たちは、見えるところがどう変わっても、信じて変わらない気持ちで生きて行苦のです。聖書の言葉を信じると力が湧いてくるのです。

今も厳しい病いと戦っておられる方、また、きびしい現実と戦っておられる方がたの上に神さまの助けを心からお祈りします。

「尽きない泉」をお読みくださる方々のために、神よりの祝福を今日もお祈りします。高橋芳昭。

2019年3月12日 (火)

「尽きない泉」第1,936号 

「尽きない泉」1号2013//13

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             ばら ゴールデンリーフ

「尽きない泉」第1,936号 3月12日(火)

聖書 神はどのような苦しみのときも、私たちを慰めてくださいます。それで私たちも自分たちが受ける慰めによって、あらゆる苦しみの中にある人たちを慰めることができるのです。コリントⅡ 14節。

どのような時にも、私たちは、神さまが大能にして、恵み深いお方の御手にすべてを委ねる時、平安が注がれるのです。主イエス様により頼んで生きる者とイエスさまは、いつも、どんな時にも、いっしょにいてくださるのです。主イエス様は、見はなさない、見捨てないと言っておられるのです。そして、信じる者のために、すべてを益とされ、試練に会っても必ず、解決の道を備えてくださるのです。

神さまは、ひとり子イエスを私たちの救いのためにこの世に送って下され、私たちに愛を示されたのです。主イエス様は、どんな時にもいっしょにいてくださるのです。

今日も病床にあってきびしい病気と闘っている人、また、きびしい孤独と戦っている人たちのためにも、いやしと、神の恵みと平安が豊かにありますようにお祈りいたします。

「尽きない泉」を読んでくださるすべての方々上に神さまよりの祝福を心よりお祈りします。高橋芳昭

2019年3月11日 (月)

「尽きない泉」第1,935号

「尽きない泉」1号2013//13

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「              ばら

尽きない泉」第1,935号 3月11日(月)

聖書 神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。ヨハネ316

89日の藪崎伸一郎兄の葬儀を終え、迎えた310日の日曜日は、大分前から榊原家の記念会が予定されていました。家族の方々が、父である故榊原康夫兄の6回目の記念会を例年のように、4人の子供さんのご家族全員13名が、川崎、横浜から、遠州森町の実家に集まる日でした。

榊原家との交流は、50年余前からなので、1年目の記念会から私も参加していました。昨年は、31℃の低体温で倒れ、家族だけで、兄弟が司会を始めそれぞれ分担して立派に行いました。

今年も、大腸がん手術後一か月でしたので、森町までは行きかねていましたところ、長女の純子さんの提案で、「スカイプ」を利用し、森と諏訪のお互いを同時に映像で見ながら、記念会を行うことになったのです。

司会は、次男雄太兄。聖書朗読三男与哉兄。榊原家の数10年にわたる歩みの朗読長男利之兄、讃美歌の伴奏担当長女純子姉など担当し、讃美歌も歌い、メッセージは高橋が行いました。初めて試みで少し不手際もありましたが、一時間余に亘る記念会でした。

故榊原康夫兄の名言「榊原家には、活きている神さまがついている。」について語りました。康夫兄は夢見る人でした。正に、ヨセフのような人だったのです。その夢は、正に、実現し、このような難しい時代でも、榊原木工株式会社は、着実に業績を挙げているようです。

社長の茂子さんは、さらに上を行く夢見る人なのです。製造直売の木工業ですが、自分の考案した製品の特許を取ったり、ドイツの最新の木材加工機モルダーを導入し、製品の質を高め、完成まで手掛ける製造直売企業を目指し、また、ネット販売楽天に、「サカキ・ウッド」の名で出店し、当初の不安を乗り越え数年たった現在、工務店も買いに来たりし収益を上げているようです。

最後に、私が、ご家族全員の名を一人一人あげて、神よりの祝福を祈り、讃美歌「歌いつつ歩まん」を歌い、茂子さんのお祈りと、あいさつがあり、一時間余の会を閉じました。

この後墓参をされたようですが、このように、兄弟全員が一同にそれぞれ前から予定を立て集まり墓参をする機会をつくり記念会を持つ試みは非常に意義深いことと思います。この様に兄弟が年に一度集まることができることは一家に取り幸せなことであり、信仰的にも、目に見える形でも祝福され、一家の繁栄につながる非常に深い意味のある企画です。そして、これを継続していることも、普通は、いろいろ事情があったりして出来ないことが多い中で、素晴らしいことと思っています。

今日は、主イエス様の証のために、榊原家の記念会の様子をまとめました。

「尽きない泉」をお読みくださるおひとりおひとりの人生は、祝福された人生であるように心からお祈りしています。高橋芳昭

2019年3月10日 (日)

「尽きない泉」第1,934号 

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「尽きない泉」第1,934号 3月10日(日)

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      かすかに見える窓ごしの富士山

聖書 まことに、まことにあなたがたに言います。一粒の麦が、地に落ちて死ななければ、一粒のままです。しかし、死ぬなら多くの実を結びます。ヨハネ12章24節。

20数年にわたり、主イエスの福音のために共に仕えた主にあっての友で故藪崎伸一郎兄36日に76才で召天されました。

389日との前夜式、告別式を、90歳を越えたこの私が、告別式の司式を、させていただきました。敬愛する伸一郎兄との地上でお別れの営みは、是非、私の手でさせていただきたかったのです。

ほとんどの花が、ばらを始めとして色々な種類の真っ白な花で飾られた告別の式を無事に終え、なごりおしいさびしさの中にもホッとした思いで帰ってきました。

前夜式、告別式では、心にあふれる思いを語らせていただきました。ご遺族を始めとして多くの方々が、故人とのお別れに涙しておられました。

天国で伸一郎兄も喜んで下さったことでしょう。奥様の幸恵さんとお母さんを支える二人の息子さんには、色々気づかっていただき大変お世話になりました。心から御礼を申し上げます。

この度の告別式は、親族、知人その他関係ある方々に、伸一郎、幸恵ご夫妻の信仰の表明をされたことになり、讃美歌を知らない方々ばかりの中で幸恵さんは、はっきりした声で歌っておられたのです。この度の告別式は、主イエスの福音をはっきり証する機会になったと確信します。

行くも帰るもみ言葉のごとく、神さまは、助け、守り、力を与えて下さって、静岡の富士市から諏訪まで元気で帰ってきました。神のみ名をあがめ讃美します。

今日は、私の近況報告となりました。「尽きない泉」これからも一層力を入れ、書き続けたいと思っています。よろしくお願いします。

おひとりおひとりの上に神よりの祝福を心からお祈りします。高橋芳昭。

2019年3月 7日 (木)

「尽きない泉」第1,933号

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         春まだ遠き、しなの路で見つけた紅梅       


「尽きない泉」第1,93号 3月7日(木)

聖書 友はどんな時にも愛するもの。兄弟は苦難を分け合うために生まれる。箴言 1717節。

人生の喜び悲しみを共に担う良き友を持つ人は、幸せなのです。人生の苦しみを共に背負い合える兄弟がいる人は、幸せなのです。その人生は、神さまの祝福を与えられるのです。

その友である35日に召天された、故藪崎伸一郎兄の前夜式、告別式の司式を行うために富士市まで一泊で出向きますので、「尽きない泉」は、8日、9日はお休みにとします。心残りですがよろしくお願いします。ご遺族の上に神よりの御慰めが注がれますようにお祈りします。

皆様方のために日々お祈りしています。高橋芳昭。

 

「尽きない泉」第1,933号

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             白い桔梗の花


「尽きない泉」第1,93号 3月7日(木)

聖書 友はどんな時にも愛するもの。兄弟は苦難を分け合うために生まれる。箴言 1717節。

人生の喜び悲しみを共に担う良き友を持つ人は、幸せなのです。人生の苦しみを共に背負い合える兄弟がいる人は、幸せなのです。その人生は、神さまの祝福を与えられるのです。

35日に召天された、主にある友藪崎伸一郎兄の前夜式、告別式の司式を行うために富士市まで出向きますので、「尽きない泉」は、8日、9日はお休みにとします。心残りですがよろしくお願いします。

皆様方のために日々お祈りしています。高橋芳昭。

2019年3月 6日 (水)

「尽きない泉」第1,933号

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諏訪には、この様な大きな岩石が至る所に見られます。

尽きない泉」第1,933号 3月6日(水)

聖書 しかし私にとって、神のそばにいることが幸せです。私は、神である主を私の避け所とし、あなたのすべてのみわざを語り告げます。
詩篇73篇28節。

私たちには、どんな時にも、どんな所でも、神さまがついていてくださるのです。そして必ず、幸福感、充足感、満足感に心は包まれるのです。
そして、幸せと共に、安らぎ、喜び、希望、気力が湧き、気持ちが前向きになるのです。そして、あらゆる面で、実り豊かに満たし、備えてくださるのです。

ここ数日イエスさまの福音を語る機会を重ねて与えられています。やがて、天で相まみえるときを思いつつ、さびしさの中にも、神のみ名が崇められるようにと祈っています。

「尽きない泉」を読んでくださるすべての方がたの上に神の祝福が豊かであるようにお祈りします。高橋芳昭。

2019年3月 5日 (火)

「尽きない泉」第1,932号 

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「尽きない泉」第1,932号 3月5日(火)

 聖書 私は勇敢に戦い抜き、走るべき道のりを走り終え、信仰を守り糖しました。テモテ第二 47

 今朝4時過ぎ、20数年にわたる長い主にある交流を続け、主にある良き友でありました藪崎伸一郎兄が、76才の生涯を終え、天に召されました。まだ元気でいてほしかった友でした。しかし、この聖書の言葉そそのままの生涯を全うされましたのです。いくつもの重病を経ながらも、集会を守り、神の助けにより信仰を守りぬかれたのです。。

前夜式、告別式は、私が出かけ,司式を行います。是非させていただきたいのです。

お祈りしてください。

 

228日雨の日ではありましたが、娘の順子と諏訪から甲府を経て富士まで電車で行き富士市立中央病院で病床にあった彼を訪ね、祈りの時と談笑の時を持ち、帰りは、5階から玄関まで歩いて、元気に手を振って笑顔で、私たちは分かれました。。

誠実で明るい人でした。私の心にテモテの手紙の言葉が浮かんできたのです。彼は、この言葉そのものを生き抜いた人です。

 

もはや、死もなく、悲しみ、苦しみもない天国で、地上の労をねぎらわれ、主イエスさまと共に安らぎの中で、永遠に、讃美と共に、過ごすところに、伸一郎さんは迎えられることでしょう。

お遺族の上に神の慰めを心からお祈りします。高橋芳昭。

2019年3月 4日 (月)

「尽きない泉」第1,931号 3月4日(月)

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        ばら 紫

「尽きない泉」第1,91号 3月4日(月)

聖書 イエスは答えられた「この水(井戸)を飲む者はみな渇きます。しかし、わたしが与える水を飲む人は、いつまでも決して渇くことはありません。わたしが与える水は、その人の内で泉となり、永遠のいのちの水が湧き出ます。」ヨハネ41314節。

 イエス様は、井戸の水を飲むなと言っているのではありません。体は大部分が水分ですから、水分補給は、生きて行くためには、ぜひ必要なのです。大いに水を飲むべきです。加えて言えば、食べ物も栄養補給、そして、美味しく、そして、楽しく語らい食事することは、心の栄養の一つでもあり、人との交流に会話、談笑は必要なのです。

 主が与えるといわれたいのちの水と、口から飲む水と、人は、その両方を必要としているのです。


 主を信じた時、人の心は明るく元気になるとともに、心の奥底から、いつまでも決して渇くことのない、いのちの水が尽きることなく湧いてきて、心は活気に満ち、豊かになるのです。主イエス様は、私たちの心にいのちを与え、みずみずしく元気で明るい心にしてくださるのです。

 言葉を変えれば、外なる肉体は衰えても、内なる人は日々新らたになれるのは、心の奥底に尽きることなく湧く泉によるのです。

 今日も、現実の厳しい試練の中に、おられる方、そして、厳しい病いと戦って病床の中の友が、神の守りと助けを信じて、心からお祈りします。高橋芳昭。

このブログ「尽きない泉」を続いてお読みくださるおひとりおひとりの上に神さまの祝福が注がれるようにおいのりしております。高橋芳昭。

2019年3月 3日 (日)

尽きない泉」第1,930号

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    暖かい地方では、もう咲いているでしょう

「尽きない泉」第1,930号 3月3日(日)

聖書 私はいつも主を前にしています。主が私の右におられるので私は揺るがされることがありません。それゆえ、私の心は喜び、私の胸は喜びに溢れます。私の身も安らかに住まいます。満ち足りた喜びがあります。

あなたは私にいのちの道を知らせてくださいます。あなたの御前にあり、楽しみが、あなたの右にとこしえにあります。詩篇16917節。

 この詩篇16篇は、使徒の働き2章のペンテコステの日、つまり、聖霊降臨の日の記事の中でも引用されているほど大切な言葉なのです。

 いのちの道を知らせ・・・昭和」23109日の夜、聖会で開かれたこの言葉が19才の私の心に深く刺さり、私は変えられ、私の人生は、大転換したのです。

心は、いのちに満たされ、深い安らぎとなり、神さまがそばにいてくださる喜びに満たされ、解放され自由になり、神への祈りが楽しくなったのです。正に、詩編16篇そのままでした。

祈りの時の喜びと安らぎは、それ以来、今に至るまで私の生きる力になったのです。二度にわたる命の危機を乗り越えられたのも、祈りに答えてくださった神さまの御力と恵みによるのです。

主イエス様は、今も生きておられ、働いておられるお方として、ともにいてくださるのです。

約束の御霊が注がれて、どこまでも可能性を信じていきる終わりなき希望の人生への確信を与えてくださるのです。

今日も、現実の厳しい問題と戦っておられる方々、そして、厳しい病いと戦って病床の中の主にある友の上に格別な守りと助けを心からお祈りします。

「尽きない泉」を訪れてくださるおひとりおひとりの人生が祝福されるようにお祈りします。高橋芳昭。

2019年3月 2日 (土)

尽きない泉」第1,929号 

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        ばら ストロベリー

「尽きない泉」第1,929号 3月2日(土)

 わがたましいよ。主をほめたたえよ。主が良くしてくださったことを何一つ忘れるな。主は あなたのすべての咎を赦し、あなたのすべての病をいやし あなたのいのちを穴から贖われる。

主は あなたに恵みとあわれみの冠をかぶらせ あなたの一生を良いもので満ち足らせる。あなたの若さは鷲のように新しくなる。詩篇103篇15節。 

何一つ・・大きい事も、小さい事も、大まかでなく、すべて残りなく、一つ一つを思い起こし、事ある毎に感謝することが大事なのです。主イエス様は、私たちの若さを鷲のように、強く鋭く新鮮にしてくださるのです。

 祈り待ち望む者の祈りと熱い期待に応えて、上よりの力、御霊を注いでくださる事によって、栄光の未来を夢見つつ一日を始めることができ、本当に感謝です。

今日も、きびしい病いで病床におられる方の上に、神さまの格別なみ守りがありますように心からお祈りしています。

また、おひとりおひとりが若々しく活動されるようにお祈りしています。高橋芳昭。

2019年3月 1日 (金)

「尽きない泉」第1,928号

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「尽きない泉」第1,928号 3月1日(金)

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      ばら 丹頂

聖書 兄たちは遠くにヨセフを見て・・・・彼らは、互いに話し合った。見ろ。あの夢見る者がやってきた。
創世記37章18,19節。

 今日は、昨日の話の続きです。
夢は、人の気持ちを前向きにし、可能性をどこまでも信じ,失望しない人になるのです。

信じて生きるとは、人生終わりまで明るい夢を描いて生きることです。

何故なら、神の栄光のために、終りまで神さまを信じて生きることは、神さまの御心だからです。

ヨセフは、夢見る人でした。事実、兄たちに、夢見る人と言われていました。兄たちの前で、自分の夢を、確信をもって話しするヨセフを憎み、結局は、エジプトの商人らに奴隷として売ってしまうのです。でも、エジプトに移り、色々な試練に会ったヨセフは、夢を見続けたのです。昔も今も、困難の中を、あきらめず、最後まで夢を見続けた人が、人生で実を結んでいるのです。

 兄たちの思いを越えて、ヨセフの夢は見事に実現し、彼は、エジプトの王から国の支配をまかせられるまでになったのです。ヨセフは、その責任を果たし、エジプトの食糧を救い、自分の家族の危機までも救うことになるのです。エジプトで再会し、一家を涙で迎え、喜びあう感激の場面は、感動的です。

3月になりました。神の時は、確実に進んでいます。野山が緑に映える春も近づいています。

 困難の中にいる人、きびしい病いと戦っている人のために、特に、神さまのみ守りを信じて、祈り続けております。高橋芳昭 

聖書 すべての人にわたしの霊を注ぐ。あなたがたの息子や娘は予言し、青年は幻を見、老人は夢を見る。使徒の働き2章17節。

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